「ラストシーンが、胸に突き刺さる」「心打たれずにはいられない」 本屋大賞実行委員の高頭佐和子が紹介する2作品

レビュー

5
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百合中毒

『百合中毒』

著者
井上 荒野 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717501
発売日
2021/04/26
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

ひきなみ

『ひきなみ』

著者
千早 茜 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041108550
発売日
2021/04/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『百合中毒』井上荒野/『ひきなみ』千早茜

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 井上荒野『百合中毒』(集英社)には、八ヶ岳の麓で園芸店を営む一家に起きた騒動が描かれる。25年も前に、家を出ていった婿養子の父親が突然帰ってくる。若いイタリア人シェフと恋仲になり一緒に暮らしていたのだが、その恋人が帰国してしまったので戻ってきたのだと言う。店を経営しながら一人で子供を育ててきた母親は、年下の従業員と長く恋愛関係にあり、娘たちも公認の仲だ。見合いで結婚した長女夫婦は、母親と同居し共に店で働いている。どう考えても、その図々しい男をさっさと家から蹴り出して、スッパリと縁を切るべき状況である。しかし、激怒するのは近くのアパートで一人暮らしをする設計事務所勤務の次女だけだ。母親はなぜか父親を追い出そうとせず、どういうつもりなのかを説明もしない。長女夫婦と母親の恋人は、そのことに対する疑念を口にできないまま、父親は店を手伝い始める。

 それぞれに家族や恋人には言えない感情や思惑を抱えつつも、平穏にやってきた家族の日常が、25年間も不在だった男の出現によって静かに変化していく。直接に感情をぶつけ合わないせいで、お互いが何を考えているのかが伝わらない。その状況にイライラしつつも、読み進めるほどに展開から目が離せなくなった。他人の本音は、家族であっても恋人であってもわからないものだ。近い相手だからこそ、話せないことや聞きたくないこともある。では、本当はどうしたいのかを、自分自身はわかっているのだろうか? それこそが、一番わかりづらく説明のつかないものなのではないか。登場人物と一緒に自問自答せずにはいられなくなるラストシーンが、胸に突き刺さる。

 千早茜『ひきなみ』(KADOKAWA)は、孤独な心を持った二人の少女の物語だ。前半の舞台は瀬戸内の島。小学6年生の葉は、家庭の事情で東京の家を一人離れ、祖父母のいる島で暮らすことになった。慣れない環境に戸惑い、少年たちの無遠慮なからかいに怯える葉を、同じ学年の真以が助けてくれる。見せつけるように粗暴なふるまいをし、大人からも子どもからも蔑まれて孤立している一方で、豊かな感性と秘めた優しさを持つ真以に葉は惹かれ、一緒に過ごすようになる。このままかけがえのない友となれるはずだった。が、衝撃的な事件が起こり、二人の運命は大きく変わっていく。

 後半の舞台は東京。大人になった葉は、就職した会社で上司からセクシャルハラスメントを受け、誰も頼れず萎縮している。ある日、島を出て以来会うことのできなかった真以の行方を偶然に知る。出自を理由に差別を受け、女性であることの生きづらさから逃れようともがいていた真以。その過去と現在の生き方を知り、葉の中で何かが変わり始める。二人が呪縛から解き放たれ、自分の信念に従って生きようとする姿に、心打たれずにはいられない。

新潮社 小説新潮
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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