武将が安楽椅子探偵を演じる戦国時代ミステリー

レビュー

6
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

黒牢城

『黒牢城』

著者
米澤 穂信 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041113936
発売日
2021/06/02
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

武将が安楽椅子探偵を演じる戦国時代ミステリー

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 人の疑心は自らを苛む。

 米澤穂信『黒牢城』は、デビュー二十周年に達した著者が初めて放つ歴史長篇小説である。戦国時代を舞台にした心理劇であり、複数の謎解きを提供する連作ミステリーでもある。初期作品でも米澤は中世史への関心を示していた。それを主題とする作品をついに著したのだ。満を持して、と言うべきだろう。

 一五七八(天正六)年、織田信長配下の有力武将であった荒木村重は、叛旗を翻して居城である北摂の有岡城に籠った。毛利輝元からの援軍を待つためである。黒田官兵衛は村重を説得すべく有岡城に向かうが、捕縛、監禁されてしまう。司馬遼太郎『播磨灘物語』などでも描かれたこの史実を土台に物語は組み立てられているのである。

 頼みの綱の毛利軍はなかなか到着しないため戦は長期化し、城内の空気は次第に淀んでいく。納戸に閉じ込められていた人質が密室状態で矢で射殺されたのをきっかけに、奇怪な事件も立て続けに起こるのである。謎を謎のままにしておけば家中の者の心は曇り、城の守りにも綻びが生じるだろう。それを怖れた村重は、謎を解くためにある男の知恵を借りることを思いつく。自らの手で土牢に幽閉した、黒田官兵衛である。

 事件現場に赴かず、話を聞いただけで謎を解く安楽椅子探偵の役を、歴史に名を遺す智将が務めるというのがおもしろい。ミステリーには孤絶した空間内での謎解きを扱った〈雪の山荘〉という状況設定があるが、織田軍に包囲された城をそれに見立てたわけである。

 作中で描かれた事件はすべて戦国時代だからこそ起こりえたもので、動機に独自性がある。官兵衛のいる土牢だけではなく城自体が巨大な牢獄でもある。どこにも行き場がなく、死はあまりにも身近だ。そうした特殊な環境を設けることで作者は、人の心の極端なありようを描いた。不信がもたらす末路の寒々しさよ。

新潮社 週刊新潮
2021年6月24日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加