『保身 積水ハウス、クーデターの深層』
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現実世界には「倍返し」はなかった
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
倫理について問いかけるノンフィクション。なのでアンフェアにならないように記しておく。本書に登場する社外監査役の一人は評者の父。つまり身内の楽しみもあるにはあった。こんなこと言ったのかぁ……とか。でも関係者であろうがなかろうが、絶対に引き込まれるはずだ。
積水ハウスが地面師に五五億五九〇〇万円を騙し取られたのは二〇一七年。事件の全容解明を進めていた同社会長が翌年、突然辞任した。当時からさまざまな観測が飛び交っていたが、週刊誌記者として取材に当たった著者が、事の発端から波紋、幕引きまでを詳細に描き切る。
不動産が専業の上場企業が地面師に騙されるなんて、大手金融機関が振り込め詐欺で大被害を受けるようなもの。本書を読むと〈絶対にあってはならないこと〉だったのがわかる。詐欺だと気づく機会もあった。なんと本物の地主が「別人ですよ」と内容証明で忠告してくれていたという。ギャグのようだが本当だ。
それなのにまんまと騙された理由はというと、ただ「社長案件」だったから。失態を知り、取締役会に社長の解任を諮った会長は、社長派のクーデターで逆に辞任させられる。「何を考えているんだ!」。ウソを塗り重ねる面々に怒りを露わにする会長。しかし、時すでに遅し。
テレビドラマのような展開だが、残念ながら現実世界には「倍返し」はない。経営陣の総入れ替えを求めた株主提案も、あっさり否決。読み手としては歯がゆいわムカつくわ。でも、だからこそ本書は書かれたのだ。「こんなことが許されていいのか」という怒りを、多くの読者はきっと共有するはず。
終章で、著者は哲学者や社会学者の論説を引きつつ、社会における倫理や規範の重要性を訴えている。他人事ではない。組織のトップが間違えた時、果たして声を上げられるだろうか。父たちの世代がやり残した変革は、私たちに託されている。