『檸檬先生』
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共感覚を持つ少年少女の物語 『檸檬先生』珠川こおり
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
冒頭で飛び降りの遺体が描写される。彼女はなぜ死んだのか。物語は過去から始まる。小中一貫校に通う小三男子の語り手が、音楽室で中三女子と知りあう。二人はともに、音を色と、色を音とともに感じる共感覚を持っていた。「檸檬(れもん)先生」、「少年」と呼びあうようになった二人は、校内の人がこない部屋でたびたび会う。彼は彼女から共感覚についてや勉強を教わり、一緒に出かけるなど親しくなる。
第十五回小説現代長編新人賞を史上最年少の十八歳で受賞した珠川(たまがわ)こおりの『檸檬先生』は、感覚描写が優れている。「少年」は「檸檬先生」より共感覚の幅が広く、音だけでなく数字や名前にも色が見える。その影響で同級生とうまくつきあえず、いじめられている。色が不意に語り手を襲ってくる場面は、ドラッグによる酩酊がドラッグ抜きで起きる趣(おもむき)だ。芸術家である彼の父は海外を旅しており、母は昼だけでなく夜も風俗店で働き生活費を得ている。同級生は母のことをあてこすり「少年」に「色ボケ」のあだ名をつけたが、それは色を処理しきれない彼を蔑(さげす)む言葉ともなっている。
「少年」は、檸檬色に見える「檸檬先生」に魅(ひ)かれていく。だが、自分の思うままに過ごしているかに思えた彼女の現実も、やがて浮かびあがる。感覚が鋭くなる一方、若さゆえできる行動が限られるのが青春小説の苦みであり、本作で共感覚の設定は苦みを強めるものになっている。また、二人は過剰な感覚を有しているが、少年を異性と意識しなくてもいい年齢差が少女の気安さに結びついており、その面での感覚はまだ希薄である。とはいえ、子どもは大人になるのだ。彼らをとり巻く色の変化が切ない。