魅力的な怪異に満ちた幕末の物語 『火車の残花 浮雲心霊奇譚』神永学

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火車の残花 : 浮雲心霊奇譚

『火車の残花 : 浮雲心霊奇譚』

著者
神永, 学, 1974-
出版社
集英社
ISBN
9784087717433
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

魅力的な怪異に満ちた幕末の物語 『火車の残花 浮雲心霊奇譚』神永学

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 赤眼の「憑(つ)きもの落とし」浮雲(うきくも)が活躍するシリーズ最新作は、罪人の亡骸(なきがら)を奪い去る妖怪・火車(かしや)をモチーフとした一篇。小説の中で火車が登場するのは、昭和三十年代に書かれた高木彬光(たかぎあきみつ)の神津恭介(かみづきようすけ)もの『火車と死者』以来だから、ずいぶんと久々といえるだろう。

 今回の浮雲は、新撰組以前の土方歳三(ひじかたとしぞう)とタッグを組んで怪異の謎に挑むが、共に京を目指す二人が川崎(かわさき)で耳にしたのが、この火車の噂だった。火車による殺人? ―そんな事が可能なのか。ラストでこの謎は合理的に解決されると分かっていても、黒焦げの水死体という発端の怪奇性は甚(はなは)だ魅力的である。また、宿場では宿の主の息子が何者かに取り憑かれるなど、怪奇な現象が次々に発生していた。ここに浮雲と土方に次ぐ第三の男として登場するのが才谷梅太郎(さいたにうめたろう)。先の二人が陰(いん)のキャラクターであるのに対し、才谷は陽のキャラクターであり、彼は本作中最も異彩を放って活躍している。

 物語の背景には、いかにも幕末らしい時代の潮流が渦巻いているが、本書の特色は、それが怪異と不可分に結びついている点にあろう。また、浮雲が才谷と酒ばかり飲んでいて、情報収集はもっぱら土方にまかせっきりでいるように見えて、生者の都合、すなわち欲ではなく、死者への同情で謎の核心に迫る決意をするなど、著者は、この物語の背後には常に“哀しみ”が息づいていることを、早めに読者に提示していることも見逃せない。

 さらに面白いのは、絵師で呪術師の狩野遊山(かのうゆうざん)から土方が“あなたはやがて血に飢えた狼になる”とその未来を占われる点であろう。

 興趣の尽きない一巻といえる。

光文社 小説宝石
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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