「画鬼」河鍋暁斎の娘がたどりついた“祝福”

レビュー

4
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星落ちて、なお

『星落ちて、なお』

著者
澤田 瞳子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163913650
発売日
2021/05/12
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

「画鬼」河鍋暁斎の娘がたどりついた“祝福”

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 今世紀に入ってブームに火のついた伊藤若冲を主人公とする『若冲』の著者澤田瞳子が、こちらも近年再評価の気運の高まる河鍋暁斎……ではなく、その娘・暁翠の一代記を書いた。

 狩野派の正統に学びながらも、浮世絵や挿絵などの戯画も盛んに描いた父・暁斎は「画鬼」と呼ばれるにふさわしい人物だった。なにしろ火事に遭った生家の火に包まれる様や、先立った妻の死に様を写生していたというのだから、芥川龍之介『地獄変』の絵師・良秀の向こうを張る。

 こんな親を持つのはさぞかし大変だろう。良秀の娘のように生きながら火炙りにされることこそなかったものの、逆に父の死後もずっとその呪縛に囚われなければならなかった。

 たくさんの子の中でも兄と暁翠の二人だけが絵師として見込まれ、親子というより師弟の関係になる。しかし、同じ辛酸を舐めた兄妹は、画技をもって父の跡目を争う。

 さらに事態を複雑にするのは、明治から大正へと移り行く時代の中で、伝統的な日本の絵画観が大きく変わってしまったことだ。どれほど父・暁斎に肉薄したとしても、もはやその画風は旧弊なものとして捨てられつつあった。しかし暁翠は、絵を描く以外の途を与えてくれなかった父を疎んずる一方で、父の画風を守ろうとする。

 父と自分とを繋ぐものは赤い血ではなく黒い墨だと独り言ちる暁翠にとって、絵は宿命であり、裕福な夫と結婚し、子どもが生まれても、絵を描くことはやめられなかった。

 その切っても切れぬ絵との関係を、一つの「縁」と捉えられるようになるには、長い時間が必要だった。その間に、縁ある多くの人々が没落したり亡くなったりした。彼らとの関係を考えるうちに、その繋がりもまた血よりも墨によるものだったのだと気づくことで呪縛は解けた。血は水より濃いかもしれないが、血よりさらに濃い関係があるということは、呪いではなく祝福となりうるのだ。

新潮社 週刊新潮
2021年7月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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