『雷神』
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“山村もの”ミステリーにこだわり 幾重にも謎が込み入る本格派の傑作
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
道尾秀介のデビュー作『背の眼』は福島の神隠し事件を東京の霊現象探求家が探りに行く横溝正史直系の山村ものホラーミステリーだった。その後作風を広げ、濃密な人間ドラマと多彩なミステリー趣向を駆使した作品で数々の文学賞をゲット。出世をするとべたな山村ものからは遠ざかってしまうものだが、その点道尾は律儀というか、たまに思いもよらない趣向でこのジャンルへのこだわりの強さを見せつける。
本誌連載作品である本書が、まさしくそれだ。物語は埼玉で父・南人と小料理屋を営む藤原幸人が妻を失うところから始まる。四歳の娘・夕見がマンションのベランダの縁に置いた植木鉢が落下、それがもとで起きた事故に巻き込まれたのだ。
幸人は妻の死の真相を夕見に隠すが、一五年後、その秘密をネタに金を要求する男が現れる。男はどうやって事故の真相を知ったのか。やがて脅迫者らしき男が南人から継いだ店に現れるに及んで、幸人は自らの過去と向き合う決意を固める。
実は、幸人には夕見に伝えていない秘密がまだあった。藤原一家はかつて新潟県の山村、羽田上村で小料理屋をやっていたが、三一年前、村の伝統祭・神鳴講の宵宮の夜、母の英が不審な死を遂げ、翌年の祭の日には幸人と姉・亜沙実が雷の直撃にあい、さらに村の要人が毒殺される事件が発生、南人が疑われるに至って一家は村を出ざるを得なかった。
かくて幸人は夕見や亜沙実とともに記者を装い、三〇年ぶりに羽田上村を訪れ真相を調べ始めるが……。
幸人の妻の死をめぐる話かと思いきや、新潟の山村で起きた昔の事件の謎解きがメインに。母の死のみならず、自然の脅威にも翻弄された藤原家の悲劇。資本家が牛耳る旧弊な村の実態を背景にした毒殺事件の謎も込み入っていて、山村民俗を織り込んだ本格ミステリーと社会派タッチの家族ミステリーが見事に融合した傑作に仕上がっている。