メモや手紙など書簡のやりとりが人生をあぶりだしていく

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書籍情報:openBD

メモや手紙など書簡のやりとりが人生をあぶりだしていく

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 島清恋愛文学賞および河合隼雄物語賞を受賞した三浦しをんの傑作書簡小説『ののはな通信』が文庫化された。

 横浜のミッション系女子校に通う野々原茜、通称「のの」と牧田はな。ののは一般的な家庭に育ちクールな性格、はなは外交官の娘で帰国子女、甘え上手と性格は異なるが、親友同士になった二人は高校時代に濃密な恋人関係に。その関係は終わりを迎えるが、やりとりは続く。他の人に恋をしたり、思いもよらぬ出来事に巻き込まれたりの彼女らの約三十年間を、二人が交わすメモや手紙、メールだけで構成。運命的な恋を経て人生、他者、社会、そして世界を見つめていく姿がダイナミックな展開で描かれ圧倒される大河小説。

 書簡形式で人生の妙をあぶりだすのは姫野カオルコ『終業式』(角川文庫)。高校時代に仲が良かった男女四人の約二十年が、彼らの手紙や葉書で明かされていく。四人だけでなく周囲の人とのやりとりや、書いたものの投函されなかった本音炸裂の手紙も収録されるため、それぞれの秘めた恋心、すれ違いが読者にだけ分かるのがユニーク。結婚する者、秘密の恋に溺れる者、勉学のために米国へ旅立つ者など歩む道はさまざまだが、折に触れ互いと連絡をとる彼ら。そこから奇妙なめぐり合わせが生み出されていく。他人の人生に何が起きたか、そのすべてを把握することは不可能だとつくづく思わせる。

 感情のすれ違いが浮き上がるといえばドストエフスキー『貧しき人々』(光文社古典新訳文庫、安岡治子訳)。四十代の下級役人マカールと、孤独な若い娘ワルワーラの往復書簡という体裁の小説だ。

 仕事では見下され、裕福ではないのに彼女に尽くそうとするマカールと、彼の好意を受け入れつつも、どこかそっけないワルワーラ。手紙では互いへの思いだけでなく日常や来し方も語られ、運命に弄ばれ、貧しさに苦しみ、複雑な葛藤を抱く人間の心理を丁寧に浮かび上がらせる。そして後半には急展開が。後の文豪が二十四歳時に発表したデビュー作である。

新潮社 週刊新潮
2021年7月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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