「与える」ことを学び、「愛する」ことを選ぶ――『A Tale of Thousand Stars』書評

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A Tale of Thousand Stars 上

『A Tale of Thousand Stars 上』

著者
Bacteria [著]/イーブン美奈子 [訳]/KADOKAWA AMARIN [企画・原案]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041109540
発売日
2021/06/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

A Tale of Thousand Stars 下

『A Tale of Thousand Stars 下』

著者
Bacteria [著]/イーブン美奈子 [訳]/KADOKAWA AMARIN [企画・原案]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041109557
発売日
2021/06/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「与える」ことを学び、「愛する」ことを選ぶ――『A Tale of Thousand Stars』書評

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

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■『A Tale of Thousand Stars』書評

■評者:吉田大助(書評家・ライター)

 運命の恋は今、どこにある?

 2020年2月に本国タイで放送開始し、YouTubeでも配信されたことで日本を含む全世界で大ヒットとなったBLドラマ『2gether』。勢いを増す「タイ流」ドラマは『2gether』も含め、タイ人作家が手がけたBL小説を原作とするケースが多い。2021年1月から4月にかけて全10話で放送され「ポスト『2gether』」と熱い注目を集めた『A Tale of Thousand Stars』(通称「千星物語」)も、その一つだ。日本での正式な映像配信より一足早く、原作小説が翻訳され日本に届けられたのだが……王道ど真ん中、堂々たる運命の恋の物語だった。

A Tale of Thousand Stars 上 著者 Bacter...
A Tale of Thousand Stars 上 著者 Bacter…

 元陸軍副司令官の末っ子で二十歳の大学生・ティアンは、首都バンコクにある豪邸でリッチな生活を謳歌している。もともと優等生だった彼がグレ始めたきっかけは、心臓移植をしなければ助からない、と医師に難病を宣告されたからだ。〈……こっちは不幸なんだ。他人も不幸になればいい〉。

 ティアンは重篤な発作を起こしたものの、交通事故死したドナーから心臓を譲り受け、奇跡的に一命を取り留めた。心臓の持ち主はどんな人物だったのか? 父が極秘に入手していた書類を通して、トーファンという女性の名前と住所を知り、家を訪ねていったことで、ティアンは彼女の人生と秘密に触れる。「千の星の物語」と題された日記に挟まれていた、一枚の写真。そこに写る、緑色の迷彩服に身を包んだ男性を目にした瞬間、〈身体中が痺れ切ったかのような感覚があった。逆に心臓は最大の早鐘を打つ。(中略)この“心臓”の記憶の中では、どこかの誰かが眠りに就いているのだ〉。

 そして、ティアンは手紙を置いて家出し、かつてトーファンがそうしたのと同じように、タイ最北端にある国境の街・チエンラーイ県の深奥にある「パンダーオの崖の集落」へ、ボランティア教師として赴任する。そこにいたのが写真の男──国境を守る部隊の「隊長」ことプーパー大尉だ。若き軍人は村の人々に尊敬される好人物なのだが、なぜかティアンには当たりが強い。それはまるで小学生の男の子が、好きな女の子に意地悪をしているようにも感じられるもので……。

 電気も水道も通っていない少数民族の集落に、首都から華奢で金持ちのお坊っちゃまがやってきて、不便な生活に七転八倒を繰り広げる。このシチュエーションは、韓流ドラマ『愛の不時着』を彷彿させるものだ。家は竹小屋、かんぬき式の鍋で米を炊き、「シャワー室」は天然の滝。来訪者は最初に魂呼びの儀式を受け、集落専属の霊媒師が存在する。ここではカルチャーショックの連続だ。この国、この集落ならではの文化体験や風俗描写は、他ではお目にかかれない本作の特色となっている。

A Tale of Thousand Stars 下 著者 Bacter...
A Tale of Thousand Stars 下 著者 Bacter…

 まずはきちんと、この地での暮らしぶりを描く。そのうえで、ボランティア教師として赴任した仕事ぶりも描く。新米教師が立派な教師に成長していく姿を丁寧に写し出す視線は、この小説の持つ最大の美点と言える。その過程でティアンが手にするのは、「与える」という行為が人生を輝かせるという真実だ。かつて病により自分の人生が奪われたと感じていた青年は、「与える」意義を学んだことで、受動的な人生から能動的な人生へと踏み出していくことになる。その第一歩が、「愛される」のを待つのではなく、「愛する」ことを選ぶという決断なのだ。

 ティアンが抱くプーパーに対する心臓の高鳴りは、もちろん、まぎれもない恋心だ。だが、この高鳴りは、心臓の元の持ち主であるトーファンのものだ。そのはずだ、自分のものであるはずがない! だって相手は、男性だ。しかも、冷たいし意地悪だしデリカシーがないし、自分をよく怒らせる。命の危険から身を挺して救ってくれたこともある、ずっと見守ってくれていると感じるけれど、それが自分に対する好意だとは思えなくて……。そんな言い訳を、ティアンがどのようなシチュエーションで脱ぎ去り、どんな言葉で思いを伝えるのか。その思いを、プーパーはどう受け止めるのか? 運命の恋は、片方が運命を感じるだけでは成り立たない。これ以上はネタバレに過ぎるが、読み終えた時に心に残った真実を、最後に一つだけ記したい。

「愛する」ことを選んだ者は、こんなにも強い。

■書誌情報

「与える」ことを学び、「愛する」ことを選ぶ――『A Tale of Tho...
「与える」ことを学び、「愛する」ことを選ぶ――『A Tale of Tho…

A Tale of Thousand Stars 上/下
著者 Bacteria 翻訳 イーブン美奈子 企画協力 KADOKAWA AMARIN
定価:各 1,760円(本体1,600円+税)

【ドラマスチールも収録】話題のタイBLドラマ原作、待望の日本語版登場!
タイBLドラマ注目度NO.1の原作、待望の日本語版が登場。ドラマスチールも収録!

バンコクの裕福な家庭に生まれ育ったティアン。
何不自由ない生活を送っていたが、ある日心筋の炎症を起こし、心臓移植が必要になる。
難航するドナー探しだったが、奇跡的に一致するものが見つかる。
…それはある女性の命と引き換えに…。

ドナーの女性について知ったティアンは、その女性の人生、
そして写真で知った、女性が心を寄せていた軍人・プーパーのことが頭から離れず
女性と同じボランティア教師として、パンダーオの崖の集落へ旅立つことを決意する。

そして出会うティアンとプーパー。

真反対の性格で最初は犬猿の仲だったが、次第にひかれあっていく二人の運命とは…?
詳細:(上)https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000126/ (下)https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000127/ 

KADOKAWA カドブン
2021年06月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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