多岐にわたる表現者を論じて興味深い考察が多い

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街場の芸術論

『街場の芸術論』

著者
内田樹 [著]
出版社
青幻舎
ISBN
9784861528392
発売日
2021/05/27
価格
1,870円(税込)

多岐にわたる表現者を論じて興味深い考察が多い

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

「街場の」というタイトルで始まる著作を数多く出している著者の芸術論。三島由紀夫、小津安二郎、宮崎駿、村上春樹など、多岐にわたる表現者が論じられているが、通常の評論集とは趣がちがう。「村上春樹の系譜と構造」の冒頭で、自分の関心事は「村上春樹の作品からいかに多くの快楽を引き出すか」にあると述べている。敬愛する作家の魅力を批評の縛りから解いて語ること。「街場」の真意はそこにある。

 以前に『日本の反知性主義』を出したとき、「反知性主義」が定義されていないという批判を浴びたという。だが定義から始めることに著者は反対する。それは「話を始める前に、話を終えておけ」と言っているのと同じで、重要なのはその語について議論する場を差し出すことだ。

「言論の自由」とは誰でも言いたいことを言う権利があるということではない、とも述べる。発言したことを吟味する「場」の存在を信頼するときに初めて「言論の自由」が保証される。ヘイトスピーチをする人たちがよく「表現の自由」を口にするが、「ここから出て行け」とか「お前は黙れ」と発することは、「さらなる表現の自由」を志向しておらず、認めるわけにはいかない。

「反知性主義」の言葉は、三島由紀夫が一九六九年に東大全共闘と行った討論の記録を再読したときに見つけて驚いたという。

「もし知識や思想そのものよりも、それを生気づける『力』を重く見る態度のことを三島が『反知性主義』と呼んでいるのだとしたら、私はそのような反知性主義に同意の一票を投じたいと思う。私自身『反知性主義者』を名乗ってもよい」

 本書には、他にも宮崎駿の『魔女の宅急便』などへの興味深い洞察が数多くあるが、立場や思いを異にする人々が一緒にいることのできる場を立ち上げることが言葉の力だ、と感じて実践した三島への考察をもっとも切実なものとして受け止めた。

新潮社 週刊新潮
2021年7月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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