プラハとシブヤが重なりあう次世代ジャパネスク小説

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シブヤで目覚めて

『シブヤで目覚めて』

著者
Cima, Anna, 1991-阿部, 賢一須藤, 輝彦, 1988-
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309208268
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

プラハとシブヤが重なりあう次世代ジャパネスク小説

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 奇妙な物語だ。

 舞台はチェコのプラハと渋谷。そのどちらにも、ヤナという若い女性が存在しているが、プラハのヤナと、渋谷のヤナは似ているようで、どこか違っている。

 プラハのヤナは、村上春樹の『アフターダーク』のチェコ語版をきっかけに日本に関心を抱き、アニメと漫画を発見して日本映画にハマる。ここまではありきたりと言えばありきたりだが、ここからが変。日本語を学んで大学の日本学専攻に進み、「川下清丸」という夭折した大正時代の作家を知り、彼の「分裂」や「恋人」という作品を読んで、論文を書こうとしている。

 渋谷のヤナはもっと変だ。彼女の姿はどうやら他の人には見えないらしい。ビジュアル系バンドの好みの若者に目を留め、彼を「仲代」と名づけて観察、地下倉庫に閉じ込められた彼を人知れず救う。

 彼女の周りには結界が張られているらしく、渋谷の外に出られない。友人と初めて訪れた日本で、「ここにいたい」という念が強すぎて、「想い」となってとどまってしまったようなのだ。渋谷のヤナは幽霊もしくは「源氏物語」に出てくる生霊のような存在である。

「チェコの超新星」(帯文)が手がけた作中作の川下清丸作品は、おそらく翻訳の良さもあってだろうけど、新感覚派の作品でこういうのがあったのかもと思わせるし、川下の初恋の女性の身に起きたできごとは、島崎藤村と姪の関係を連想させる。文学史にすき間をこじあけ、魔法のようにもぐりこませた川下清丸の人生と作品というフィクションが導きとなって、プラハと渋谷のヤナの世界は、時空を超えて、一本の糸にねじり合わされていく。

 フィクションは現実を動かす。エキゾチシズムのレベルをはるかに超えて、日本文化のエッセンスがたくみにちりばめられ、それでいてこれ見よがしなところがまったくない。

新潮社 週刊新潮
2021年7月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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