時代は敗者が創る――源氏の“負け戦”が現代人に勇気を与える理由とは?

レビュー

7
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源氏の白旗 落人たちの戦

『源氏の白旗 落人たちの戦』

著者
武内 涼 [著]
出版社
実業之日本社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784408537887
発売日
2021/07/08
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

敗者の想いが歴史を変える――現代社会へのエールとなる源平合戦小説

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも描かれる予定の源平合戦。「勝者」とされる源氏も実は敗者だった――武内涼の最新歴史小説『源氏の白旗 落人たちの戦』の魅力に文芸評論家の末國善己氏が迫る!

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 武内涼は、勝利を続けて栄光を摑んだ人物ではなく、合戦や政争に敗れた敗者に着目している作家である。そのことは、明徳の和約で北朝と南朝の合一がなった後も、「自天王」を帝と奉じ南朝の再興をはかった後南朝を描いた『吉野太平記』、切腹に追い込まれた豊臣秀次に連座して処刑される最上家の姫を救うために動く人たちを追った『駒姫 三条河原異聞』、上杉憲政、板額御前、足利春王丸と足利安王丸ら戦国時代の“敗け組”を主人公にした連作短編集『敗れども負けず』などを発表していることからもうかがえる。

 平家が権力を掌握した平治の乱から源頼朝の鎌倉幕府樹立に至る時代を連作形式でたどる本書も、敗者をクローズアップした作品である。戦国時代と平安末期の違いはあるが、本書のコンセプトは『敗れども負けず』に似ている。ただ『敗れども負けず』が反面教師になる人物を取り上げた作品が多いのに対し、本書は判断ミスというよりも抗い難い時代の流れによって敗者になった人物が中心なので、主人公の境遇が生々しく感じられるだろう。

 巻頭の「奔る義朝――源義朝」は、平治の乱で平清盛に敗れた源義朝を描いている。

 坂東に落ち延びようとする義朝たちが警戒しているのは、清盛の追手だけではない。高く売れる武具防具を奪おうとする落ち武者狩り、平家の恩賞にありつこうとする勢力も一行を狙うので、義朝たちの逃避行は何度も戦闘に巻き込まれるなど苛酷を極めていく。

 物語が進むと、父を坂東に追いやった京への反発と長く京に搾取されていた坂東武者の不満が結び付き義朝の挙兵に繋がったことが分かってくる。中央が地方を支配する構図は現代も変わらないだけに、坂東の輝かしい未来を築くため手段を選ばず坂東を目指す義朝は、地方分権が名ばかりの現状を批判する役割も担っているのである。

 続く「雪の坂――常盤御前」は、義朝に愛され今若(後の阿野全成)、乙若(後の義円)、牛若(後の源義経)を生んだ常盤御前を主人公にしている。

 義朝が平治の乱に敗れたと知った常盤は大和に逃れるが、京に残り捕えられた母を救うため清盛の元へ赴く。常盤は、清盛に側室になれば三人の息子の命を助けるといわれ、それを受け入れたとされることが多い。だが著者は、常盤が出頭前に「女院」(藤原呈子)のところへ立ち寄ったとの記録があることに着目、「女院」と常盤が清盛を罠に嵌める謀略戦を仕掛けたとして歴史を読み替えている。政争と戦乱に翻弄されてきた弱者が傲慢な権力者に一矢報いようとする展開は、痛快に思えるのではないだろうか。

 源氏と平家の騒乱は、それぞれの一族が結束して相手と戦った印象が強いかもしれない。だが源氏でありながら、保元の乱、平治の乱では平家側で戦い、清盛政権下で順調に出世した源頼政のような武将もいた。「歌う老将――源頼政」は、順風満帆だった頼政が平家打倒の挙兵を計画し全国の源氏に令旨を出した以仁王に味方した理由に迫っている。

 清盛に隷属していた頼政だったが、平家が武士が大切にすべき「誇り」「勇気」「筋道」を外れたと確信したが故に叛旗を翻す。組織に属していると、労働者の「誇り」を踏みにじったり、「筋道」に反した命令を出されたりすることがある。頼政の決断は、そのような時どのような選択をするのが正しいのかを問い掛けており、考えさせられる。

 「落日の木曾殿――源義仲」は、いち早く平家打倒の平を挙げ入京するも、家臣の略奪暴行を止められず、飢饉のなか食料を強奪したため民衆の支持を失い、後白河法皇との関係も悪化して同族の源義経と戦うことになった木曾義仲の晩年を描いている。

 「野獣の武勇」と「鋭い戦場勘」を兼ね備える名将だった義仲は、事態の変化に合わせた方針転換ができず、政治的な駆け引きも苦手だったが故に転落していく。こうしたトップは現代の日本にも少なくないので、身につまされる読者もいるはずだ。純粋な義仲が追い詰められていく終盤がせつないだけに、巴との愛の物語は感動も深い。

 「しずのおだまき――静御前」の主人公は、義経が愛した白拍子・静御前である。

 源平騒乱の最前線で戦い、壇之浦で平家を滅ぼした最大の功労者になった義経だが、論功行賞への不満から兄・源頼朝と対立、そこに後白河法皇が介入したことで、二人の関係は回復不能なまで悪化した。義経は腹心の弁慶、静らを連れて逃走をはかるが、静は捕えられ鎌倉の頼朝のもとへ送られた。そこで静は、頼朝の娘で木曾義仲の息子・義高の許嫁だったが、頼朝と義仲が決別したため父に義高を殺された大姫と出会う。権力者の思惑で愛する人を奪われた静と大姫の悲劇は、必要があれば弱者を平然と切り捨てる政治の非情を浮かび上がらせるとともに、理想的な政治のあり方も突き付けていくことになる。

 歴史は勝者が作ると考えがちだが、本書を読むと、義朝の死が傲慢な中央に抗う坂東武者の心に火を付け、常盤の機転が後に平家を滅ぼす義経の命を繋ぎ、頼政と結んだ以仁王の出した令旨が義仲の挙兵をうながすなど、その奥底には、間違った世を変えるために立ち上がった敗者の想いが流れていると気付く。戦いに敗れ絶体絶命な場所まで追い込まれても、理想を繋ぐため生き延びようとした本書の主人公たちは、どれほど窮地に陥っても絶望せずあがき続ければ、活路が開けることを示した。これは間違いなく、一度敗れるとはい上がるのが難しい現代社会を生きる読者に勇気と希望を与えるエールになるはずだ。

J-enta
2021年7月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

実業之日本社

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