有斐閣『法学入門』の特徴・読み方・使い方――法を学ぶためのブックガイドとともに

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法学入門

『法学入門』

著者
宍戸 常寿 [著、編集]/石川 博康 [著、編集]/内海 博俊 [著]/興津 征雄 [著]/齋藤 哲志 [著]/笹倉 宏紀 [著]/松元 暢子 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641126183
発売日
2021/04/26
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

有斐閣『法学入門』の特徴・読み方・使い方――法を学ぶためのブックガイドとともに

[レビュアー] 興津征雄(神戸大学法学部教授)

 2021年4月、ある法学部の新入生向け講義「法学入門」の初回のひとこま――

 さて、この授業では、教科書として、『法学入門』(有斐閣・2021年)(以下「本書」といいます)を使います。私も執筆に加わった本です。

 近年、法学入門書は、特徴のある本が次々と出版されています。そこで、その中からいくつかを参考文献としてご紹介した上で、それらと対比したときの本書の特徴や、本書の読み方・使い方を、お話ししておきたいと思います。

 といっても、私の考えでは、法学部生が専門的な法学の学習を始める前に、入門書を何冊も読む必要はありません。どれか1冊、本書でもそれ以外でもいいですが、自分に合うものを読み通したら、専門科目の入門書や教科書へと読み進むべきです。本学部では、第1クォーターのこの授業の後は、第2クォーターに憲法の授業があり、後期には民法や刑法の授業も始まりますので、それらの授業で紹介される文献をガシガシ読んでいくのがいいと思います。本書の章末・節末に付された参考文献リストも参考にしてください。入門書はあくまでも専門書を読むための橋渡しです。

 そのため、今から紹介するのは、入門書といっても、本書とはタイプの違うもの、本書と並行して読むと補完的効果が得られるようなものに限っています。今は読む時間がなかったとしても、学年が進んでから読んでも新たな発見がある本ばかりです。

法学入門書あれこれ

 まず、法学部に入学したばかりの皆さんに、本格的な法学学習を始める前にぜひ読んでいただきたいのが、森田果『法学を学ぶのはなぜ?』(有斐閣・2020年)です。この本は、法学部に進学しようかどうしようか迷っている高校生を対象に書かれたもので、他の学問分野――経済学や医学――と対比しながら、法学の特徴と限界をバランスよく描いています。「インセンティブ」という言葉をキーワードにして、法を、より望ましい社会を実現するためのツールとしてとらえる見方が押し出されているのが特色です。副題が「気づいたら法学部、にならないための法学入門」となっているのですが、まさになんとなく進学先を選び、気づいたら法学部に来てしまった人にぜひお勧めしたい本です。この本を読んで法学部に来たことを後悔することはない、と断言できます。

 次に、入門書のフリ(?)をしながら、より深い論点まで読者を導く異色の入門書として、稲正樹ほか『法学入門』(北樹出版・2019年)を挙げておきます。一般的な法学入門書が、法の解釈適用に関する問題から説き起こすことが多い(本書もそうです)のに対し、この本は「法の作られ方」という章を冒頭に置き、立法や政策に関する解説から始めています。法は人が作り、変えることができるものだという観点が前面に出ているようで、森田先生の本とも共鳴するところがあります。さらに、医療事故や起業など、一般的な入門書では扱われない話題を素材として各法分野の概説をしている点も特徴です。ところどころ論点がやや専門的になることがあるので、同書に取り組むのは、この授業を聴き終えた後がいいでしょう。本格的な研究論文も多数引用されており、ゼミ報告の手がかりにもなるような奥行きを持った本です。

 横田明美『カフェパウゼで法学を』(弘文堂・2018年)は、法の内容よりは、大学での学び方に軸足を置いた指南書であり、大学に入学してから授業を受けゼミに参加し卒論を書くまでのノウハウが対話形式で説明されています。本学部には卒業論文はありませんが、レポートの書き方や試験問題へのアプローチなどの説明もあり、参考になると思います。著者の横田先生は、Twitterでの発信も熱心な方ですが、法学部の教員や弁護士でTwitterをやっている人は他にもいるので、気に入ったものをフォローしてみるとおもしろいかもしれませんよ。かくいう私も、専門である行政法の話題や、自分の書いた論文や、ときどき東京ヤクルトスワローズのことについて、つぶやいています(@yukio_okitsu)。

 同じく学習指南書という性格の本ですが、道垣内弘人『プレップ法学を学ぶ前に〔第2版〕』(弘文堂・2017年)は、「法学を学び始めるにあたって知っておかねば困る必要最小限のこと」(同書あとがき)に焦点を当てたものです。例えば法律の条文の条・項・号をどう読み分けるか、「及び」と「並びに」はどう使い分けるかといった形式的な約束事は、知らないと条文を正確に読めるようにはなりませんが、教師にとってはあまりにも当たり前すぎて、わざわざ授業で教わる機会がないことがあります。道垣内先生の本は、そこを丁寧に、かゆいところに手が届くように解説したものです。

 そのような「法を学ぶ際の約束事」については、東京大学の白石忠志先生がYouTubeに解説動画をアップしてくださっています。YouTubeで「法を学ぶ際の約束事」を検索するとヒットします)。全部で20分程度の短いものですが、1回見ておけば、今後の学習で戸惑うことが減ると思います。

本書の特徴

 皆さんは、法学入門というと、法学部生がこれから学ぶ法学の全体像や、一般市民が教養として身につけておきたい法学の素養を、1冊で概説したものを思い浮かべるのではないでしょうか。ところが、これまでに挙げたもののうち、稲先生ほかの本はそれに当たりますが、他はそういうタイプの入門書ではありません。現在の法学入門書市場においては、概説型の入門書は必ずしも主流ではないように感じます。むしろ近年増えているのは、初学者を惹きつける工夫を凝らしたもの・エッジのきいた特徴的なもので、それらが法学入門の魅力を高めていることは確かです。それでも、一つの学問分野を学ぶのだから、腰を据えてでもじっくりと取り組みたいと考える方もいるでしょう。そのような読者には、概説型の入門書、それもオーソドックスな構成を採用したものがお勧めです。

 そのようなオーソドックスな入門書として、長い間定番の一つだったのが、伊藤正己=加藤一郎編『現代法学入門〔第4版〕』(有斐閣・2005年)でした(初版が出たのは1964年)。この本は、法学の主要分野の基礎的な知識と基本的な考え方が体系的に説明されており、吟味された記述に執筆者の深い学識が込められた名著です。しかし、同書は第4版が出てから15年以上改訂されておらず、執筆者には鬼籍に入った方もおり、最新の法改正などへの対応が難しくなっていました。この本の実質的な後継書となることを目指して書かれたのが、本書というわけです(ただし『現代法学入門』も販売は続けるそうです)。

 そのようなコンセプトから出発したので、本書の構成は、『現代法学入門』を意識しつつも、現代的なアップデートを図ったものになっています。私なりにまとめると、以下のようになるでしょうか。

(1)法とは何か、法の解釈適用はどのような作業かという問いは、本来、法学の勉強をひととおり終えた後で戻ってくるべきもので、法律や判例の具体的内容を何も知らないのに「法とは何か」について考えるのは、あまり意味のあることではありません。それでも、学習の出発点において「法」について一定のイメージを持っておくことは、その後の勉強の道しるべになるだろうと思います。第1章では、こうしたねらいで、「法とは何か」を説明しています。

(2)法学入門で理解しておくべき重要事項の一つに、実体法と手続法の区別があります。詳しくは授業でおいおい学ぶことになりますが、法が定める権利義務や犯罪の事実が実際に存在するかどうかと、それを認定し実現するための手続とを分けるという発想です。第2章では、民事・刑事の裁判手続に即して、このことを説明しています。

(3)第3章では、実定法の主要分野をバランスよく取り上げています。といっても、「○○法」「××法」を順番に解説していくのではなく、ライフサイクル、組織、市場など、社会や生活の中で生起するさまざまな問題ごとに、関係する法を領域横断的に論じるというスタイルをとりました。情報化社会やグローバル社会などの現代的なトピックを盛り込んだのも特徴です。

(4)法を、歴史学・社会学・哲学など、法学以外の学問の方法を用いて分析する分野を基礎法学といいます。第4章では、再び、「法とは何か」という問いに戻り、この問いを、基礎法学、とりわけ法の歴史の観点から取り上げます。抽象度が高く、難しいと感じられるかもしれませんが、高校で学んだ世界史を思い出しながら読むと、人間社会の発展が法と切っても切れない関係にあることが見えてくるはずです。

本書の読み方・使い方

 執筆にあたって目指したのは、高校で公民を学んだ人なら、無理なく理解できる本にすることでした。そのために、文章はなるべくかみ砕き、学生の皆さんがイメージしやすい具体例を入れるように努めました。執筆者全員で原稿を読み合わせて、わかりやすい説明の仕方に知恵を絞りました。

 しかし、その一方で、説明のレベルは『現代法学入門』から落とさないこと(学界の大先達の文章を意識しながら書くのは、私たちにとっては大変なプレッシャーでしたが)、ページ数をむやみに増やさないことを心がけたので、もしかしたら、記述が凝縮されていて読みにくいと感じることがあるかもしれません。ただ、クロスリファレンスを丁寧につけ、キーワードを太字で示して索引から引けるようにしてあるので、あるページの説明が直ちに理解できなくても、関連する別のページとあわせて読むことで、理解の助けになると思います。

 また、本書は、キーワードの定義をきちんと示すようにしているので、索引を辞書のように使うことも可能です。法律学の辞典としては、高橋和之ほか編『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣・2016年)が定番ですが、この辞典の定義を理解するにも法学の知識が必要で、初学者には少し難しいという問題があります。そこで、学び始めの段階でわからない言葉が出てきたら、本書の索引をまずは調べてみるといいでしょう。

 先ほど述べたように、基礎から体系的な知識を身につけるには、腰を据えてじっくりと学ぶことも必要です。本書は、類書に比べると歯応えがあると感じられるかもしれませんが、喰らいついていただければ、それに応えられる本だと自負しています。この授業と本書が、皆さんのこれからの法学学習の導きの糸となることを願っています。

 そろそろ時間になりましたので、本日の授業はこれで終わります。次回はさっそく、本書の第1章を予習してきてください。

※有斐閣法律編集局書籍編集部のnote「あたらしい法学入門、できました」(2021年4月26日)に、本書の各執筆者のメッセージが掲載されていますので、あわせてご覧ください。

https://note.com/yuhikaku_hhsh/n/nf86c408a2b60

有斐閣 書斎の窓
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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