新しい「始まり」の東京を考えるために――『都市に聴け――アーバン・スタディーズから読み解く東京』執筆を終えて

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都市に聴け

『都市に聴け』

著者
町村 敬志 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784641174528
発売日
2020/12/19
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

新しい「始まり」の東京を考えるために――『都市に聴け――アーバン・スタディーズから読み解く東京』執筆を終えて

[レビュアー] 町村敬志(一橋大学特任教授)

 タイトルを見て「何の本だろう」と思われた方もおられるかもしれない。本書は、アーバン・スタディーズ(都市研究)という領域への招待を意図した学術的な概説書であると同時に、東京を論じた「東京論」でもある。しかしそれだけならば、このようなやや破格なタイトルは採用しなかった。全体構成を固めようとした最終段階、出会ったのは新型コロナウイルス感染症の流行により、世界の大都市から人の姿が消えてしまう光景であった。すでに原稿のかなりはほぼ完成していた。だが、あたかも「都市」が死んでしまったかのような状況を前にして、いまさら何を都市で語るのか。正直、悩みは深かった。

 いろいろと考えていくなかでたどり着いたのは、今日の困難な状況にあってもなお、それを乗り越えていくことに道を拓く道具箱のような存在として都市がある、という素朴な発見であった。仮に「都市の時代」が終わりを迎え、新しい何かへ向かって足を踏み入れつつあるとしても、私たちが変化に備えるために実際に使える道具は〈いま―ここ〉にしかない。都市は不完全であり多くの問題を抱えている。しかし、それでも前に進むためには、私たちはいまある都市を使いこなしていくしかない。

 そしてよく見れば、都市にはさまざまな日常的実践が試みられてきた記録や記憶、痕跡があふれていた。そこから原稿全体を書き直す作業が始まった。本書は最終的に、断片的で微細ではあるが、さまざまな可能性をもつ出来事の束を、東京という事例に即して再確認をしていくガイドの書、といった性格を併せもつことになった。

 与えていただいた機会を活用し、本書には収めることができなった「あとがき」を兼ね、以下、振り返ってみることにしたい。

折り重なる変化を前にして

 初めに、本書の構成をあげておこう。

第1章 東京から考える──アーバン・スタディーズという冒険

第2章 だらだら広がる都市の秘密──東京はいかにして東京になったのか【歴史】

第3章 都市はメガイベントで輝いたのか──出来事から考える【イベント】

第4章 一極集中のオモテとウラ──産業・仕事・格差【経済・階層】

第5章 奪われる東京──「空間争い」の時代に【空間】

第6章 「東京政治」の溶解と再生──責任ある知事がなぜ現れなかったのか【政治】

第7章 都市に出来事を取り戻す──社会が再び動き出す都市へ

 著者自身が言葉にするのも何だが、都市の広がりをとらえる著作としてオーソドックスな構成と言ってよい。歴史、経済、政治、空間、社会、文化、どれも都市を論じる場合には欠かせない切り口と言える。その通りではあるのだが、ここに本書執筆に際しての最大の困難もあった。大きく展開してきた都市の研究は、もはや特定の学問分野には収まらない。

 したがって、包括的な視点から都市を論じようとする場合には、分業により複数の書き手が分担しながら取り組むことが一般的となった。しかし本書は当初から単著という条件で執筆が準備されていた。筆者の専門分野に限定して学術的により深く掘り下げるという選択肢も確かにあり得た。

 だが結果的に本書では、東京という都市をその全体性という面にこだわりながら論じるという当初の方針を貫くこととした。その背景には、次のような問題意識があった。

 人間の暮らす「世界―環境」は、今日大きく再編されつつある。グローバル化、ネット社会の拡大、格差・貧困問題の深刻化、民主主義とガバナンスの危機、そして突然のパンデミック。重層する変化の下で、新しい「世界―環境」はどのような形をとりながらその姿を現しつつあるのか。このことが改めて問われ直しているのが現代である。

 とても一冊の作品で答えを出せるような課題ではない。しかし、より俯瞰的な視点から変化の趨勢を見通す作業がいまは強く求められている。そこで本書では、個別分野の成果にも学びながら、しかし基本的には、大都市の今日的課題がどこにあるのかを、歴史、経済、政治、空間、社会、文化などの領域を横断しながら自分なりに探究する試みに挑戦することとした。

 対象は東京に限定した。その上で、20世紀初めから21世紀にかけての変容を可能な範囲で振り返りながら、モノ―ヒト―ココロを横断するさまざまな断片的な出来事の累積の上に生み出されてきた現時点の都市的課題を、具体的なデータと調査・観察をもとに、撮りためた写真も用いながらなるべく分かりやすく描き出すことを心がけた。限られた紙幅の下では言葉足らずは避けられなかった。また著者の能力を超えた試みであったことも否定できない。だが、多少なりとも一貫した都市像の呈示に近づく努力を重ねられたことは一つの成果であった。

アーバン・スタディーズという選択

 こうした方針は、アーバン・スタディーズというスタイルから多くを学んできた著者の基本的姿勢にも基づいていた。本書の「まえがき」でも書いたように、企画に取り組む個人的きっかけのひとつは、2000年に『都市の社会学――社会がかたちをあらわすとき』(有斐閣)というテキストブックを西澤晃彦さんとの共著で刊行したことにあった。この時は二人ではあったが、専門を超えた幅広い領域をそれぞれがカバーする必要に迫られ、非常に苦労した。しかし西澤さんの豊かな表現力に刺激を受けながら、領域横断だからこそ見えてくる都市の新しい容貌を体感することができた。

 著者の学びの積み重ねはもともと、領域横断的なアーバン・スタディーズとも深い関わりをもってきた。詳細は第1章で記したが、アーバン・スタディーズは国際的にみた場合、人文学や社会科学から工学、情報学、アートに至る多様な研究・研究者の交錯する分野として、以前から諸学のアリーナのような状況を呈してきた。筆者は社会学を専門とするが、会議やプロジェクトで出会う各国研究者の専門はさまざまであり、そこから受けた刺激は測り知れなかった。

 本書が、そうしたねらいを少しでも生かせたものとなっているかどうか。この点は読者の判断を仰ぐしかないが、位置づけに困るやっかいな企画をお許しいただいた編集担当には感謝を申し上げるしかない。

東京論の過去・現在・未来

 とはいえ、先行する仕事がなかったわけではもちろんない。日本でもすぐれた都市論は、都市本来のあり方に導かれながら、個別領域を内破する形で成果を残してきた。東京論に限定しても、直接間接の形で本書が学んできた作品は数多い。本書では十分に参照できなかった日本国内からみた東京論・都市論の歴史を確認する意味で列挙しておこう。それらは刊行時期により3つのグループに分けられる。

 第1は、1960年代末から1970年代初めにかけて刊行された作品群で、高度経済成長末期から転換の時代にかけての新しい都市像を模索した点に特徴があった。宮本憲一『社会資本論』(有斐閣、1967年)、羽仁五郎『都市の論理』(勁草書房、1968年)、H・ルフェーヴル『都市への権利』 (筑摩書房、1969年、原著1968年)、松下圭一『シビル・ミニマムの思想』(東京大学出版会、1971年)、『岩波講座現代都市政策』(岩波書店、1972~1973年)、似田貝香門・松原治郎編『住民運動の論理』(学陽書房、1976年)などを挙げられる。

 第2は、1980年代前半から半ばにかけての著作で、バブル経済直前の東京論ブームの時代と重なる。槙文彦ほか『見えがくれする都市』(鹿島出版会、1980年)、藤森照信『明治の東京計画』(岩波書店、1982年)、奥田道大『都市コミュニティの理論』(東京大学出版会、1983年)、前田愛『都市空間のなかの文学』(筑摩書房、1984年)、M・カステル『都市問題』(恒星社厚生閣、1984年、原著1972年)、陣内秀信『東京の空間人類学』(筑摩書房、1985年)、赤瀬川原平『超芸術トマソン』(白夜書房、1985年)、吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー』(弘文堂、1987年)などの作品を挙げられる。

 第3のグループは、1990年代末から21世紀初頭の時期で、経済危機からの脱却をめざして都市空間のグローバル化・金融商品化・超高層化が進められた時期に重なる。たとえば、雑誌『10+1』(INAXo、1994年~2008年、全50号)、若林幹夫『都市のアレゴリー』(LIXIL出版、1999年)、『岩波講座都市の再生を考える』(岩波書店、2004~2005年)、原武史『滝山コミューン一九七四』(講談社、2007年)、S・サッセン『グローバル・シティ』(筑摩書房、2008年、原著第2版2001年)などが浮かぶ。

小さな出来事に開かれた都市をめざして

 ほかにもすぐれた作品は少なくない。しかしあえて3時点に限定して紹介をしたのは思いつきではない。これらはいずれも、東京で都市建設や再開発が大規模に展開し、それゆえ既存のコミュニティや景観の解体や再創造という問題を抱えた、拡張と緊張の時代であった。時代の空気を敏感に感じ取る中で生み出された作品群は、同時代研究であれ歴史分析であれ、各時期の都市形成のあり方と深い関わりを有していた。すぐれた都市論はしばしば、都市の創造と破壊の双方に手を貸してきた。

 それだけではない。3つの時期は現時点の都市変容とも深い関わりをもつ。というのは、これら3つの時期に生み出された膨大な建造環境は、歳月を経た結果、2020年代を迎える時点において、ネット時代の新たな都市改造・都市破壊の主要な舞台として浮上しているからである。生まれつつある新しい「世界―環境」はどのような解体と忘却の先に建設されていくのか。見過ごすことのできない変化が進み始めている。

 現時点の東京を考察する仕事は、各時代の「都市論」が作り出してきた都市言説の海の中で、自らの位置を再確認する作業を否応なく迫られる。少しばかり話が飛躍しすぎたかもしれない。本書はそうした再検討を始めるための手がかりとなることをめざした。メガイベントではなく小さな出来事に開かれた都市から、新たな「世界―環境」をいかに構想していくか。「コロナ」後の都市に関心をお持ちの方にも、ぜひご一読いただければ幸いです。

有斐閣 書斎の窓
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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