ギタリスト・佐橋佳幸さんが紹介する、人生の節目にエナジーを与えてくれた文庫3選

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RockとBookに首ったけ

[レビュアー] 佐橋佳幸(ギタリスト)

ギタリストの佐橋佳幸さんが、人生の節目節目でエナジーを与えてくれた新潮文庫3冊を紹介してくれた。

佐橋佳幸・評「RockとBookに首ったけ」

 小学校高学年の担任だった恩師О先生は、日曜日に自宅に僕らを招いて息子さんとスケボーで遊ばせたり(ナウい!)職員室でギターを爪弾いたり、学級文庫にこっそりつげ義春の漫画を並べたりするような、素敵な先生でした。ある時、先生に「サハシ、こんなの読んでみたら?」と勧められたのがО・ヘンリー『最後のひと葉』でした(当時は『最後の一葉』だったかも)。

 ルパンやホームズなどの“定番”を除けば、これが“邦訳された洋書”の初体験でした。洋楽に夢中になっていた僕にとってまさにタイムリー! しかも病床にて生死を彷徨うアーティストのストーリー。それまで読んできた謎を解決するようなお話ではなく、かつて体験したことのない複雑な感慨を抱きました。

 当時チャートを賑わしていた、ジェイムス・テイラーやキャロル・キングを代表とする、ディラン以降のシンガーソングライターたちの作品と同様の内省的な作風が心情にフィットしたのかもしれません。

 学生時代を経て、現在のような音楽界の裏方のお仕事をさせていただくようになってからも、読書熱は冷めやらず。

 そんなある日、友人に勧められて観た映画「ガープの世界」に衝撃を受け、すぐに書店で原作を手に入れ、久々に“邦訳された洋書”と対峙しました。「こりゃすごい!」と、そのままアーヴィングの作品を貪り読みすっかり大ファンに。堕胎を扱った『サイダーハウス・ルール』や『ホテル・ニューハンプシャー』然り、WeirdというかStrangeというか……決してまともとは言えない登場人物たちが、予測不可能なストーリーを繰り広げていく“アーヴィング節”には、いつもスリルとスピード感が溢れていて、スリーコードとグルーヴが信条の創成期のロックンロールが、その後知性をそなえて成長していく様と重ね合わせてみたりもします。チャック・ベリーあってのスティーリー・ダンみたいな。

 一九九〇年代後半のある日、佐野元春さんのHobo King Bandの一員として、日々ご一緒させていただいたときのこと。ツアーのリハーサル中、佐野さんが「じゃあ次は『ブルーの見解』っていう曲をやってみたいんだけど、まずは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバムの音源を聴いてみてくれるかな?」と言われました。「一応当時使ってた譜面もあるけど、そういうタイプの曲じゃないんで、歌詞カードのテキストを見てもらった方がいいかな」。スタジオでプレイバックされたその曲は、ジェイムス・ブラウン・マナーのファンクグルーヴの上で、佐野さんがラップというか、ケルアック・マナーのポエトリー・リーディングをするというものでした。あまりにも衝撃的だったので、「佐野さん、この曲には元になったストーリーがあるんですか?」と質問したら、「サハシくん。ポール・オースター読んでみて。きっと気にいるから」と答えが返ってきて、すぐに書店でチェックしてみたところ、『幽霊たち』からインスパイアされたのだと気付きました。

 この出来事を機に、ポール・オースターの全作品を読破することになり、かつての“翻訳書アレルギー”は、どっかに吹っ飛んでしまいました。オースターの作品は実際に体験したことを、日記を読み上げるような独白体で表現していますが、常にクールだし、虚無感のデパートのような救いのない読後感が、読者のM感をくすぐるのでしょう。初期のトム・ウェイツの作品やルー・リードの作品が持つ、ビートニックの新しいカタチと似た印象を受けました。アーヴィングの作品同様、小説とは思えないほど視覚的なので、一本の映画を観終わったかのような感覚を得られるのですね。二人とも映画界との関わりが多いのがうなずける気がします。

 この三冊を選んでみて思ったことは、僕が心惹かれる本と音楽には、ポップでキッチュな色彩と強靭なグルーヴ感という共通項がある、ということ。ミュージシャンといえども、日々の暮らしをガラリと変えてくれるような出来事にはそうそう遭遇しませんが、こうして振り返ってみると、音楽や映画や小説との出会いが、僕の人生の節目節目でエナジーを与えてくれていることだけは確かなようです。

※[私の好きな新潮文庫]RockとBookに首ったけ――佐橋佳幸 「波」2021年7月号

新潮社 波
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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