「逃げなかった」バンカーの銀行業界への遺言

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仕事と人生

『仕事と人生』

著者
西川, 善文, 1938-2020
出版社
講談社
ISBN
9784065218419
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

「逃げなかった」バンカーの銀行業界への遺言

[レビュアー] 浪川攻(経済ジャーナリスト)

 本書は2020年9月11日に人生を終えた名物バンカーが問わず語りで残した。発刊のタイミングといい、その内容といい、銀行業界への遺言のように思えてくる。

 個性的だった。目つきは鋭く、口元をきっと結んでいる。外見から温和さはひとかけらも漂ってこない。無駄口を叩くことはなく、ジッと相手を睨み据える。とても怖かった。それは生来のシャイな人柄と修羅場をくぐってきた経歴が織りなした独特のムードだったかもしれない。

 自身、「私のバンカー人生で平時はほとんどなかった。本当に厄介なことばかりやってきた」と振り返っている。総合商社、安宅産業の破綻処理や世の中を騒然とさせた「イトマン事件」処理、そして、金融危機下の不良債権処理等々、確かに、誰でも逃げ出したくなるような案件ばかりを背負った。その体験談を織り交ぜながら「逃げてはいけない」と説く。実際、この人は逃げなかった。そして、逃げない銀行員になるためにも、取引先企業の現場を歩き、学べと論じている。

 なかでも印象的なのは「『平時に見えるときでも問題を抱えている』という危機感を忘れないようにする」という言葉である。「過去の成功に学ぶのではなくて過去の苦労に学ぶ。これが成功の落とし穴を回避するための一つの知恵」だと戒めている。

 ちょっと調子がよいと有頂天となり、その後、大きな失敗を犯してコケると「想定外」とか、「企業風土のせい」とか、繰り言を発する経営者が少なくない。そんな方々には、本書を読み反省することをお勧めする。

 銀行業界には近年、逆風が吹いている。西川さんが生き残りを懸けて闘った金融危機のような鋭角的な危機ではない。ジワジワと衰退する慢性病的な危機である。

 デジタル技術の進化によって、いずれ、銀行も銀行員も消える日がやってくるという話すら聞こえてくる。本当にそうなるのか否かは判断できないものの、少なくとも、このままの銀行では生き残れないことだけはまちがいない。銀行、あるいは銀行員はいかに姿を変えるのか。果たして、西川さんが存命であれば、近未来をどう描いたのか。

 本書は2013年11月から14年2月にかけて語った内容をもとに編集部がまとめている。その後、西川さんは体調を崩して、語ることができなくなったと聞く。したがって、本書は唐突に終わる。読破したという充実感は得られない。まことに残念なことである。

新潮社 週刊新潮
2021年7月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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