春秋戦国時代から未来まで収録された八篇はすべて傑作

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中国史SF短篇集  移動迷宮

『中国史SF短篇集 移動迷宮』

著者
大恵 和実 [編集]/上原 かおり [編集]/大久保 洋子 [編集]/立原 透耶 [編集]/林 久之 [編集]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784120054433
発売日
2021/06/22
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

春秋戦国時代から未来まで収録された八篇はすべて傑作

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 今、中国SFが熱い! 二○一八年に出たケン・リュウ編による現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』を経て、劉慈欣『三体』の大ヒットへと至るわずか三年の間で、中国のSF作品はジャンルの壁を突き抜け、幅広い層の読者を獲得。ノーベル文学賞を受賞した莫言をはじめ、かの国には想像力のレンジが広くて深い作家が多いけれど、精力的に紹介が進んでいるSF作家もまた然り。その証左の一冊となるのが、大恵和実が編んだ『中国史SF短篇集 移動迷宮』なのだ。

 紀元前五世紀とされる孔子の有名なエピソードに、飛行機を思わせる〈機械鳥〉や気球を操る墨●(墨子)といった時代考証を無視した突飛な発想を投入することで、世界の真理を幻視しようとする試みが挑戦的な飛ダオの「孔子、泰山に登る」。

 魯迅の文学世界とH・G・ウェルズの『タイムマシン』を融合させたタイムスリップものなのだけれど、何よりかにより魯迅作品のさりげないパスティーシュの見事さに舌を巻く宝樹の「時の祝福」。

 日中戦争下の上海を舞台に、人生をやり直せる映像レコードという蠱惑的なガジェットを使って、往時多くの中国人が抱えていたであろう不安と絶望をあぶり出す韓松の「一九三八年上海の記憶」。

 時間旅行者の夏荻と永生者である姜烈山。異なる時間感覚の中で生きているがゆえに共生することがかなわない関係にある男女の、長い長い長い時間の中で幾度もの出会いと別れを繰り返すしかない刹那の愛を描いて壮大な夏笳の「永夏の夢」。

 などなど、春秋戦国時代から現代、そして未来を見晴るかす世界を扱った八篇は、ずばり、すべてが傑作と言い切れる。波瀾万丈の歴史をモチーフにした融通無碍の想像力が堪能できる上、懇切丁寧な注釈と解説によって中国史やSFに不案内な読者でも愉しめる安心設計になっているのも嬉しい。熱烈推薦したい。

●=旧字体の「羽」の下に「隹」

新潮社 週刊新潮
2021年7月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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