『冠<廃墟の光>』
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今回の東京五輪で噴出した問題はこの頃からあった
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「五輪」です
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1996年のオリンピックはアトランタで開催された。沢木耕太郎の『オリンピア1996 冠〈廃墟の光〉』はその観戦記である。
第一回のアテネ大会から100年目にあたるこの年は、アテネ開催が有力視されていた。だがIOCはアトランタを選ぶ。背景には巨大スポンサー企業と手を組んだアメリカのネットワークテレビ局の意向があったとされる。世界からの批判にさらされながら開催されたオリンピックだったのだ。
さらに開催前、ニューヨークを離陸したTWA機が空中爆発を起こして墜落する事故が起こる。原因は不明だったが、テロではないかという疑念がアメリカ社会に広がった。そうした緊張の中でオリンピックは始まった。
批判と緊張。まさに今回の東京オリンピックと重なるではないか。そして会期中、音楽イベントの会場で爆発物が破裂し、死傷者が出る事態となる。
スポーツ取材を長く続けてきた著者のルポは辛辣だ。
〈彼らのやることは、すべてにおいて「理」ならぬ「利」が優先されるのだ〉。彼らとはIOCでありテレビ局である。コロナに翻弄される東京五輪で噴出した問題は、最近始まったわけではないことが改めてわかる。
この文庫には、あとがきがIからIIIまである。三つ目のあとがきの最後に著者は、アトランタが一時はほとんど死の街になったと書き、〈七月、東京が、別のかたちで「死の街」のようにならないことを祈っている〉と結んでいる。