「食堂のおばちゃん」シリーズ10巻刊行記念エッセイ 本作が作家生活を支える大黒柱になるまで

エッセイ

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焼肉で勝負! 食堂のおばちゃん(10)

『焼肉で勝負! 食堂のおばちゃん(10)』

著者
山口 恵以子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758444231
発売日
2021/07/15
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

山口恵以子小特集

[レビュアー] 山口恵以子(小説家)

「食堂のおばちゃん」 シリーズ 10巻目に寄せて

 さて、拙著「食堂のおばちゃん」シリーズが始まって足かけ七年、今作『焼肉で勝負!』で10巻目に達した。今や小説家山口恵以子の代表作であり、作家生活を支えてくれる大黒柱となった。

 正直、角川春樹さんに執筆を依頼されたときは、上手く行くかどうか不安もあった。それまではスリルとサスペンス、ドラマチックなストーリー展開を主眼にした作品を書いていて、“近所の食堂でご飯食べてまったりする小説”とはまるで毛色が違っていたからだ。

 ところが作品を読んでくれた友人知人からは「今までの作品で一番好き」「アウェイじゃなくてホームで試合してる感じが良い」と、高評価が寄せられた。

 もしかしていけるかも……と思っていたら、角川さんから「今度ははじめ食堂の始まりの物語を書かないか?」というお話が来て、エピソードゼロに当たる『恋するハンバーグ』が完成した。それから正統な続編である『愛は味噌汁』へとつながり、今日までシリーズは続いてきた。

 本当にありがたいと思う。難産の末に誕生したのではなく、のんびりお茶を飲みながらリラックスしているうちに生まれてきたような作品が、多くの人に愛され、生みの親である私を励まし、支えてくれるまでに育ったのだから。作品も作者も幸せだ。

 過去七年の間には色々なことがあった。個人的に一番大きな事件は二〇一九年に母が亡くなったこと、作品としてはレギュラーメンバー後藤輝明の死だろう。

 今作『焼肉で勝負!』では、互いを意識するようになった辰浪康平と菊川瑠美を描いた。四十代の二人は、あわてずゆっくりと距離を縮めてゆく。その穏やかで誠実な結びつきには、ちょっぴり私の願望も反映されている。

 作品は生き物だから、これから先も登場人物達の仕事・生活・人間関係には、様々な変化が訪れることと思う。

 しかし、時が過ぎ、目に見えるものがどれほど変っても、人が心に抱く想いは変らない。母を喪って身に沁みて分った。

 人は肉体的な死によって完全にこの世と決別するわけではない。その人を想う人がいなくなったとき、人の生は終わるのだ。

 二三、一子、万里、そしてはじめ食堂に集うお馴染みメンバー達のこれからの物語を、ご一緒に楽しんで下さい。

 ***

【著者紹介】

山口恵以子
1958年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。2007年『邪剣始末』でデビュー。13年、『月花上海』で第20回松本清張賞を受賞。著書に「食堂のおばちゃん」「婚活食堂」シリーズ、『夜の塩』『ライト・スタッフ』などがある。

角川春樹事務所 ランティエ
2021年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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