北朝鮮、屋久島占領!? 閉鎖空間だからこそ活きるアクション! 『還らざる聖域』刊行記念 樋口明雄からの記念エッセイ!

エッセイ

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還らざる聖域

『還らざる聖域』

著者
樋口, 明雄, 1960-
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413817
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

樋口明雄の世界

[レビュアー] 樋口明雄(作家)

樋口明雄さんの新作『還らざる聖域』が刊行された。

山岳小説を数多く著してきた著者が選んだ、新たなる舞台は《屋久島》。

一見、今までとは異なる孤島を舞台に描かれる「閉鎖空間型活劇」だが、そこには意外な共通点があった。

著者自身によるエッセイで、新作執筆の裏側に迫る。

 ***

『還らざる聖域』刊行記念エッセイ 屋久島ダイ・ハード

アクション活劇の作法のひとつとして、「閉鎖空間を作る」というパターンがある。

舞台が外界から完全に隔絶されて、主人公や関係者が脱出不可能。なおかつ外部からの援護や救出もできない状況の中、どうやって敵を倒し、外に出られるかという話。主人公は否応なしに危機また危機に追い込まれ、読者や観客はハラハラドキドキのし通しとなる。

代表的な作品は、映画『ダイ・ハード』シリーズの第一作目である。ロサンゼルスにあるナカトミプラザという高層ビルに、テロリストたちが武器を持って立てこもる。たまたまそこに居合わせた刑事が脱出もままならず、たったひとり拳銃一挺で戦うことになる。相手は武装も人数も圧倒的であるが、刑事はおのが知恵と幸運を駆使して孤軍奮闘する。

あの映画以来、映画に小説にと、いくつもの「閉鎖空間型活劇」が登場し、今やひとつの定番になったと思われる。

自分の代表的なシリーズ〈南アルプス山岳救助隊K-9〉の第三作目『ブロッケンの悪魔』が、まさにそれだった。南アルプスの主峰・北岳に至る三つの林道を封鎖すれば、北岳一帯は完全に陸の孤島と化してしまう。そこにやってきたテロリスト集団が、ある目的をもって某山小屋を武装占拠する―というストーリー。

この類いの物語は、とにかく書いていて楽しいということに尽きる。主人公たちといっしょに、作者もハラハラするからである。ということは、読者の皆様も当然のようにハラハラしてくださるだろうという期待がある。

小さな島を舞台にした「閉鎖空間型活劇」は、ずいぶん昔から考えていた。外国のゲリラ部隊がとある孤島を武装制圧し、日本国政府に何らかの要求を突きつける。しかし、獅子身中の虫がいて、それは島の駐在警察官だった―というストーリーを、十年以上前に角川春樹事務所の担当編集者に出した記憶がある。が、それきり企画が進まなかったのは、その頃から自分の執筆分野が山岳冒険小説に移行し始めたからだった。

老舗の山岳雑誌『山と溪谷』の特集企画で屋久島を訪れたのが三年前の五月。

飛行機から空港に降り立ったとたん、蒼茫と霞む突兀たる山塊を見て茫然と立ち尽くし、「まるで『ジュラシック・パーク』のようだ」と感想を洩らした記憶がある。何しろ総面積五百平方キロメートルの島の中央部に、海抜ゼロメートルからいきなり千メートル級の山が四十五座もそびえる、まさに“洋上のアルプス”である。

到着の翌日から一泊二日で主峰・宮之浦岳の縦走コースを歩き、山々に満つる神気に触れ、満開のシャクナゲを楽しみ、降りしきる雨の中、縄文杉に向かって手を合わせた。

予備日は島の周囲をめぐる周回ルートをレンタカーで走った。その車の中で、ふと思いついたのである。この屋久島で「閉鎖空間型活劇」ができないか?

こうして山岳冒険小説と、かねてから書きたかった島を舞台にした『ダイ・ハード』風活劇のハイブリッド作品の企画が立ち上がったのだった。

もちろんたった一度、現地を訪れたからというだけで書けるほど、小説は甘くない。

以来、屋久島に関する文献を数多くあさり、映像や資料を当たった。登山に同行していただいた山岳ガイドによる惜しまぬ協力もあった。

屋久島との出会いは、自分の中で想像の世界を大きく広げてくれた。おそらくこの先も、あのときの経験を忘れることはないだろう。

まさにそこは〈神なる島〉。

本書を一読され、その神秘の一端に触れていただけたら幸いである。

 ***

【著者紹介】

樋口明雄(ひぐち・あきお)
1960年山口県生まれ。明治学院大学法学部卒。雑誌記者、フリーライターなどを経て作家に。野生鳥獣保全管理官とベアドッグの活躍を描いた『約束の地』で第27回日本冒険小説協会大賞および第12回大藪春彦賞をダブル受賞。他に〈南アルプス山岳救助隊K-9〉シリーズがある。

角川春樹事務所 ランティエ
2021年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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