無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワールド』書評

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ミラーワールド = mirror world

『ミラーワールド = mirror world』

著者
椰月, 美智子, 1970-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041109915
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワールド』書評

[レビュアー] 清田隆之(「桃山商事」代表)

■『ミラーワールド』書評

■清田隆之(文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表)

 女性専用車両ではなく男性専用車両、嫁姑問題ではなく婿舅問題、夫婦別姓ではなく婦夫別姓……と、世に流通している言葉のジェンダーを反転させ、そこに埋め込まれた偏見や差別を浮き彫りにさせる手法を「ミラーリング」と呼んだりするが、『ミラーワールド』はまさにそれを地で行くような作品だ。しかし、それで何かをわかった気になるのはとても危険なことかもしれない。ジェンダーを反転させていることもさることながら、「なぜ反転させる必要があるのか」という部分こそ極めて重要ではないかと思うからだ。

ミラーワールド 著者 椰月 美智子 定価: 1,815円(本体1,65...
ミラーワールド 著者 椰月 美智子 定価: 1,815円(本体1,65…

 物語は三人の男性を中心に展開していく。池ヶ谷良夫、中林進、澄田隆司。それぞれ主夫として家事育児を中心的に担いながら、パートタイムで働き、PTAの役員を務め、妻の実家の家業を継いでいる。妻は仕事ばかりで家のことにほとんどコミットせず、反抗期の子どもたちは「お腹が空いた」しか言ってこない。結婚したら夫が妻側の姓に変えるのが慣わしで、オバサンたちは若い男性にセクハラを繰り返し、医大の入試では女子学生を優遇する不正が発覚した。シングルファザーの貧困は自己責任だし、男性のアスリートはどれだけ立派な実績を残しても外見のことばかり話題にされるし、男性有名人のプロフィールには股間の大きさを含む“フォーサイズ”が載っている。美容の圧力も、性暴力被害の恐怖も、受けているのは男性ばかり。そんな世界にあって、良夫も進も隆司も順応したり疑問を抱いたりしながら、それぞれのスタンスで日々を生き抜いている。

帰宅してひと息つく間もなく昼になり、ようやくここでテレビをつける。首相の秋葉加代子が画面いっぱいに映る。(中略)そもそもこの政党自体が、女尊男卑の保守派で金持ちのお嬢軍団が、古い因習に頑なにすがりついているだけのものだ。先月の国会はひどかった。子連れで出席した男性議員に向かって、「赤ん坊がかわいそうだから、議員をやめて家にいろ」「三つ子の魂百までよ」「国会は保育所じゃないぞ」などとヤジが飛んだ。「保育園に落ちたのか!」というヤジには驚いた。保育園を増やして世の男性の負担を軽減するために、その男性議員が奮闘しているというのに、なんという言いぐさだろうか

 すでにお気づきの方も多いかと思うが、本作で描かれるのは私たちが暮らしているこの社会を写し取ったような世界だ。より厳密には「女性たちの生きる現実を忠実にトレースした世界」となるかもしれない。結婚して改姓する人の9割以上は女性だし、ジェンダーギャップ指数は毎年下位で低迷している。医大で不正入試が発覚したニュースも記憶に新しく、最近では女性アスリート当人が性的消費に対して抗議の声を上げて話題となった。すべて女性にとっては“あるあるネタ”で、様々な形で異議申し立てをしてきた歴史もある。にもかかわらず男性たちは耳を傾けようとしないばかりか、その自覚すらもないという有り様で、だったらもう、ひとつひとつジェンダーを反転させることで男性たちに“自分事”として捉えてもらうしかない──と、著者がそう意図していたかどうかはわからないが、男性である私にとってはそのように感じられてならなかった。
 私は普段、恋バナ収集ユニット「桃山商事」の一員として様々な人の身の上話に耳を傾け、そこから見える恋愛とジェンダーの問題をコラムやラジオで発信している。大学時代に軽いノリで始めた活動だったが、これまで1200人以上の恋バナを聞き、セクハラやモラハラ、痴漢やストーカー被害、家事分担の不均衡といったエピソードを山のように耳にする中で、「もしかしたら男女で見えている景色が違うのではないか」という思いを抱くようになった。そういう中で、「女性たちの目に映る男性の姿」をひとつの“鏡”と捉え、男性当事者として男性性や男性社会の問題と向き合いながら『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』『さよなら、俺たち』という2冊の本を書いた。
 本作のタイトルにある「ミラー」とはおそらく、ジェンダーを反転して映す鏡であると同時に、無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもあるはずだ。そこに映っているのは自分では見ることのできない自分自身の姿であり、目を背けたくなる気持ちや反射的に言い訳したくなる気持ちをぐっとこらえながら直視すべきものではないかと思う。こう書くとただただお腹の痛くなるような読書に感じられてしまうかもしれないが、男性同士でケアし合うような連帯のあり方や、なかなか語られることのない男性の暴力被害の問題なども描かれており、男性性の明日を照らしてくれるような一冊でもある。なぜ歴代の総理大臣は男性ばかりなのか。なぜ性暴力に遭った女性が責められてしまうのか。そういう問いを丹念に積み重ねながら自分と社会の問題を見つめていくことが、現代を生きる男性たちに課せられた急務ではないかと思うのだ。

■プロフィール

無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワー...
無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワー…

清田隆之 
文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表
1980年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマに幅広いメディアで発信している。著書に『二軍男子が恋バナはじめました。』(原書房)、『生き抜くための恋愛相談』(イースト・プレス)、『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)、『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)など。

■書誌情報

無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワー...
無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワー…

ミラーワールド
著者 椰月 美智子
定価: 1,815円(本体1,650円+税)

『明日の食卓』著者が本当に描きたかった、心にささる男女反転物語。
「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ」
「男がお茶を汲むという古い考えはもうやめたほうがいい」
女が外で稼いで、男は家を守る。それが当たり前となった男女反転世界。池ヶ谷良夫は学童保育で働きながら主夫をこなし、中林進は勤務医の妻と中学生の娘と息子のために尽くし、澄田隆司は妻の実家に婿入りし義父とともに理容室を営んでいた。それぞれが息苦しく理不尽を抱きながら、妻と子を支えようと毎日奮闘してきた。そんななか、ある生徒が塾帰りの夜道で何者かに襲われてしまう……。

「日々男女格差を見聞きしながら、ずっと考えていた物語です。そんなふうに思わない世の中になることを切望して書きました」――椰月美智子
詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000357/

KADOKAWA カドブン
2021年07月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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