「想像力という魔法」――モデル・浜島直子が、名作『小公女』を読んで、 「大人になってはじめて理解できたこと」を語る

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「想像力という魔法」――モデル・浜島直子が、名作『小公女』を読んで、 「大人になってはじめて理解できたこと」を語る

[レビュアー] 浜島直子(モデル)

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■『小公女』書評

■評者:浜島 直子  / モデル

 私がはじめて小公女セーラの物語を知ったのは、小学生の頃にやっていたテレビアニメでだった。
 それはそれは夢のようなお話で、主人公のセーラは、お金持ちのお父様がいて何不自由なく暮らし、成績優秀でクラスでも人気者。ところがある日、お父様が全財産をつぎ込んだダイヤモンド鉱山の事業に失敗し、失意のなかで亡くなってしまう。セーラは、一夜にして大金持ちのお嬢様から無一文の小間使いとなり、それまでちやほやされていたのが、一転していじめの対象にされてしまうのだ。
 いたいけな少女をこき使う大人たちもまた、わかりやすく意地悪な顔をしていて、まるで昼ドラのようにドロドロした陰湿な嫌がらせをくりかえす。セーラと同年代だった私は、「これがもし自分だったら、耐えられるだろうか」と、毎週ハラハラしながらテレビを見ていたのだった。

小公女 著 バーネット 訳 羽田 詩津子
小公女 著 バーネット 訳 羽田 詩津子

 そして、今回あらためてこの小説を読んで感じたのは、子どもの頃にはなかった視点で、物語の細部や描かれていない部分をも捉えられるようになった、ということだ。

 ミンチン先生の強欲さや人を思いやれない冷酷さは、ひょっとしたら彼女の幼少期の何かが影響しているのではないだろうかと、ページの奥のもう一つのストーリーを想像してしまう。彼女の妹ミス・アメリアが、いつも姉を恐れているということからも、家族のバランスの不安定さが伝わってくる。ミンチン先生の満たされない思いが、大きな憎しみとなってセーラに向かっていったのではないか、と思えてならない。

 また、他の大人たちも容赦なくセーラを虐げるが、当時のロンドンでは、そんなことはあたりまえで、孤児はまともに生きていくすべもない時代だったということに、いまさらながら気がついた。
 寒空の下、セーラをボロ切れのような服一枚で買い物に行かせ、さんざんこき使ったあげく、わずかな食事も与えない。どんどん痩せほそっていく姿を、ただの景色のように見ている大人たち。格差社会がこれほどにまで人間性を失わせてしまった、1800年代後期の寒々としたロンドンの時代感が伝わってくる。

 かつては、「これがもし自分だったら」と震えるような想いでセーラを見ていた私が、いまは母親となってこの物語を読みかえすと、「これがもし自分の子どもだったら……」とつい考えてしまい、全身の毛穴に鋭い針を刺し込まれるような痛みをおぼえた。できることなら、当時のロンドンに飛んでいって、セーラの凍える身体を抱きしめ、温かいスープを口に運んであげたいと、息が苦しくなる。

 しかし、どんな辛い状況にあっても、この物語にたしかな救いの光が見えるのは、主人公セーラに「想像力」という魔法の力がそなわっていたからだ。

その魔法とは、セーラの賢さであり、親に愛されて成長したという自信であり、未来につながる虹色の橋でもある。
 それは、セーラが屋根裏部屋でひもじさに耐え忍んでいるときも、孤独という暗い森をさまよい歩いているときも、いつでもセーラを優しく温かく包み込む光のオーラだ。オーラに包まれたセーラに、物乞いのような惨めさはない。ただまっすぐに前を見つめる瞳は、静かな美しさをたたえている。

 心までは誰にも踏みつけられまいと、空想の世界で自分を癒すことができるセーラは、誰にも負けない強靭な精神力があり、その揺るがない高貴な魂こそが、「公女」と呼ばれるゆえんなのかもしれない。

 物語の終盤には華々しい展開が待っていて、これまでの苦労が報われてよかったと、胸がスカッとする。
だが、当のセーラはまったく浮かれたりせず、「これから私がするべきことは何かしら」と、冷静に、粛々と、世界の行く末を見つめているのだ。

 なぜセーラが公女のようにふるまえたのか、なぜ小公女と呼ばれたのか。そのほんとうの意味を、大人になったいまようやく理解できたのだが、そんな私にもセーラが優しく微笑んでくれているような気がして、やわらかな気持ちでそっと本を閉じた。

■作品紹介

「想像力という魔法」――モデル・浜島直子が、名作『小公女』を読んで、 「大...
「想像力という魔法」――モデル・浜島直子が、名作『小公女』を読んで、 「大…

小公女
著 バーネット 訳 羽田 詩津子
定価: 836円(本体760円+税)

令嬢から下働きへ転落。それでも強く生きる少女の姿を描く、世界的な名著!
裕福な家庭に生まれ、最愛の父のもと公女のように育てられたセーラ。7歳でロンドンの寄宿学校にあずけられると、持ち前の知性とやさしさでたちまち人気者に。ところが、11歳の誕生日に父の死と破産の知らせが届くと、セーラの境遇は一変。酷薄な校長は、セーラを屋根裏部屋に追いやり、食事や衣類も満足に与えず下働きとしてこき使う。だがセーラは、過酷ないじめに耐えながらも、心だけは「公女のように」と振る舞う。そんなセーラに、ある日魔法のようなできごとが起こり……!
『秘密の花園』『小公子』とともに、いまなお世界中で読みつがれるバーネットの最高傑作を、読みやすい新訳で!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000038/

KADOKAWA カドブン
2021年07月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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