徹底した事実確認。客観的事実の解明にこそ力が注ぎ込まれた、新たなる山本論——『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価』大木 毅 書評

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「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価

『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価』

著者
大木 毅 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784040823829
発売日
2021/07/09
価格
1,012円(税込)

書籍情報:openBD

徹底した事実確認。客観的事実の解明にこそ力が注ぎ込まれた、新たなる山本論——『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価』大木 毅 書評

[レビュアー] 戸高一成(呉市海自歴史科学館(大和ミュージアム)館長・日本海軍史研究者)

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■徹底した事実確認。客観的事実の解明にこそ力が注ぎ込まれた、新たなる山本論――『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価』大木 毅 書評

■評者:戸高一成/呉市海自歴史科学館(大和ミュージアム)館長・日本海軍史研究者

 山本五十六といえば、戦後75年余を経た今日でも、多くの人がその名前を知っていると思われる。山本は80年前の1941年12月8日、日米戦争の火蓋を切ったハワイ真珠湾への奇襲攻撃を指揮した連合艦隊司令長官である。そして同時に、日米の武力衝突を最も強く避けようと努力した人物としても知られている。
 この相反する経歴と、日本海軍の歴史上唯一、最前線で戦死するというドラマチックな最期を遂げた連合艦隊司令長官として、今なお多くの人々の興味を掻き立てる存在となっているのだ。
 そのため、戦中戦後を通して山本五十六に関する文献資料は無数と言ってよいほど存在しており、現在に至るまで絶えることなく研究され続けているため、資料は増える一方である。
 このように汗牛充棟と言ってよい中、新たに加えられた一冊が本書『「太平洋の巨鷲」山本五十六』である。著者の大木毅さんは、ドイツ軍事史の研究において深い見識を示していることは既に知られているが、実のところ、日本の軍事史でも広く徹底した調査を背景とした研究を行っている。この大木さんが、既に無数の山本論があるにもかかわらず、みずから一冊を加えるという話を聞いたときには、正直なところ大木さんが態々山本伝を書く意味があるのだろうか、と思ったものだ。
 しかし、本書は従来の山本伝とは異なるコンセプトで書かれたことが分かり、興味深く読んだ。どこが違うか? 従来の山本伝は、基本的に名将か愚将か、結論ありきの切り口に最初から立ったものか、或いは山本信奉者による顕彰の本が多かったのだ。だが、本書は純粋に用兵思想家、軍人としての資質を問う姿勢で纏められている。著者は、戦略次元、作戦次元、戦術次元の三面から山本の評価を試みている。山本の心情的な側面もさりながら、行動の背景となる社会情勢や、山本の立場といったような客観的な事実の解明に力を入れることによって、これまであまり検討されてこなかった山本像を明らかにしようとしている。

「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価 著者 大木 毅 定価...
「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価 著者 大木 毅 定価…

 山本は、ワシントン会議に続く1930年の第一次ロンドン会議に随員として参加したが、この時点では対米強硬派であり、山口多聞などと軍縮に抵抗の姿勢を取っている。けれども山本は、いわゆる海軍内部の艦隊派(軍縮反対・対米英強硬路線)と条約派(軍縮拡大・対米英避戦)の対立の中で、ロンドン海軍条約批准後には反艦隊派となってゆく。本書では、ともに条約派だった、海軍大学校時代の教官でもある山梨勝之進や心許した友である堀悌吉が艦隊派に攻撃されていたと帰国後に知ったことも影響しているのでは、と指摘されている。いずれにせよ、山本は転向したのだ。このあたりの記述も、山本伝と言うよりは、山本を巡る軍縮条約成立の経緯の解明にこそ力を入れている。
 以後、山本が最も苦労した海軍次官時代、そして連合艦隊司令長官時代へと続く記述では、山本を中心とした周辺事情の事実確認に著者は力を注いでいる。これら政治的、軍事的環境を理解しなければ、当時の山本の立ち位置を理解することは出来ないからである。特に日独伊三国同盟への反対をした米内光政、井上成美、山本五十六、それぞれの思惑がさほど単純ではないことを、主に米内に注目して検討している。三国同盟における米内、井上、山本の意識は一枚岩と言うわけではなく、それぞれの思惑がたまたま一致したに過ぎない面を持っていることがうかがえる。
 次いで、本書の半ばを占めるのが、連合艦隊司令長官としての山本だ。この人事には、山本が海軍次官のままでいれば早晩テロに倒れる危険があるために、米内が艦隊に避難させたとする見解が多い。これは事実なのかもしれないが、評者などは、卑しくも国防の要である連合艦隊司令長官の座をテロからの避難場所として使うなど、米内の見識を疑わざるを得ない。これ以降、山本の行動にはやや迷走と言ってよい動きを感じる。
 山本は知米派と言われることが多いが、アメリカ人がハワイで米戦艦を数隻撃沈された程度で戦意を失うような国民であると思う方がおかしい。大井篤(海兵五十一期・終戦時海軍大佐)のような海軍の古手の士官には、「山本さんが知っているのは禁酒法時代の公徳心の破綻したアメリカ人なんだよ」という人も少なくなかった。それでも、海軍は対米戦争に長期展望を持たない山本に全てを預けたのだ。無論、山本はいったん命令が出れば全力で戦う戦士であったことに、間違いはない。
 しかし、日本が対米戦争を決意した時、山本は既に連合艦隊司令長官を2年以上務めていた。通常、連合艦隊司令長官は1年ほどで異動するものなので、交代案も当然あったが何故かそのままとなり、生前の言葉通りに、「半年か一年は暴れて」戦死したのである。この間の山本の作戦指導の不可解さをも、著者は丁寧に検討を加えている。
 改めて山本五十六という人物を見直すと、山本の思いは海軍上層部に通じず、海軍上層部は山本という軍人を、とうとう使いこなせなかったように私には思われる。
 本書を読み、山本への疑問と興味が更に深まるのを感じたものだ。
 最後になるが、20ページ近い膨大な参考文献リストは圧巻で、今後の研究者に裨益するところ大きなものがあると思われる。

■作品紹介

徹底した事実確認。客観的事実の解明にこそ力が注ぎ込まれた、新たなる山本論—...
徹底した事実確認。客観的事実の解明にこそ力が注ぎ込まれた、新たなる山本論—…

「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価
著者 大木 毅
定価: 1,012円(本体920円+税)

名将か、凡将か?真贋を問う。『独ソ戦』著者の新境地、五十六論の総決算!
名将か、凡将か?
純粋に「軍人」としての能力を問う。
太平洋戦争開戦80年。『独ソ戦』著者の新境地、五十六論の総決算!
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詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000654/

KADOKAWA カドブン
2021年07月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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