『わたしはイモムシ』
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画集の中に神秘的なまでに美しいイモムシたちが生きている
[レビュアー] 都築響一(編集者)
近所の公園を散歩していると、サクラの木に毛虫がいっぱいついていて、ギョッとしつつもそのフォルムとカラフルな色合いに目が離せなくなった経験が何度もある。毛虫とイモムシのちがいは「毛があるかないか」ぐらいの曖昧なものらしいが、『わたしはイモムシ』はみずからイモムシ画家を名乗る桃山鈴子さんの画集。毛虫やイモムシが大好き!というひとがどれくらいいるかわからないけれど、この本のなかには神秘的なまでに美しいイモムシがたくさん生きている。
イモムシそのものの姿、食草とイモムシ、蛹から羽化した蝶や蛾までさまざまに緻密なイラストレーションが収められているが、最初の「イモムシをひらく」の章を見始めて、これはウミウシかアメフラシかと思ったら、イモムシの全身をアジの開きみたいに展開した平面図なのだった。ふだんは隠れている裏側(というか腹側?)までも描きたいという、イモムシ愛あふれる発想。その背中から腹までを流れるように覆う模様を、彼女は「夜空に横たわる天の川のよう」に紙片に写し取る。
自分で何種類ものイモムシをつねに育て、毎朝淹れたてのコーヒーを手に観察するのが至福の時間という桃山さんは、イモムシを写真に撮ってそれを絵にするのではなくて、じっくり観察しながら目の前のイモムシを描いていくのだという。「写真だとモチベーションが上がらない」そうで、それは観察しようと枝を持っただけで怒ってからだを揺らすイモムシがいたりと、予測不能な反応が対面のコミュニケーションを生みだすから。
なにかのキャラクターのようにイモムシをかわいく擬人化するイラストはいくらでもあるけれど、桃山さんの絵は「できうるかぎり正確に描写すること」こそがもっとも誠実な精神なのだと教えてくれる。神だけではなくて、愛もまた細部に宿るのだった。