15歳にして男を魅了する魔性の女を描く

レビュー

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痴人の愛

『痴人の愛』

著者
谷崎 潤一郎 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784122047679

書籍情報:openBD

15歳にして男を魅了する魔性の女を描く

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「水着」です

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 谷崎潤一郎は大正期、映画作りに意欲を燃やした。『アマチュア倶楽部』(1920年)の脚本を書き、製作に関わっている。残念なことにフィルムは失われ、幻の一本と化した。

 鎌倉・由比ケ浜にロケした際、出演者が水着で勢揃いした記念写真が残されている。主演は谷崎の妻・千代の妹、葉山三千子。『痴人の愛』(1925年)のモデルになったとされる女性だ。

『痴人の愛』ではナオミの水着姿が印象的だ。舞台はやはり由比ケ浜。まだ15歳の少女ながら、ナオミはハリウッドの「ベージング・ガールたち」にも負けない、胴が短く脚が長いスタイルの良さで譲治を夢中にさせる。「ハチ切れそうな海水服」姿を描いた初出時の挿画が中公文庫版に収録されている(田中良・画)。『アマチュア倶楽部』記念写真の葉山三千子を彷彿とさせる。

 小説後半、ふてぶてしくもふしだらな女となったナオミは、譲治の目を盗み、またしても由比ケ浜で、若い男たちとの遊びに興じる。探しに出た譲治が見つけたとき、ナオミはマントを羽織っていた。譲治がいるのに気づいて、ナオミは彼の目の前でぱっとマントを開く。「見ると彼女は、マントの下に一絲をも纏っていませんでした」。

 ヴィーナス誕生のパロディのような悪女出現の情景だが、当時の映画では到底、このとおり撮るわけにはいかなかっただろう。真夏の鎌倉の海を舞台に、映画から小説へ、谷崎は自らの夢見る魔性の女をより大胆に造り変えたのである。

新潮社 週刊新潮
2021年7月29日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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