『痴人の愛』
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15歳にして男を魅了する魔性の女を描く
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「水着」です
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谷崎潤一郎は大正期、映画作りに意欲を燃やした。『アマチュア倶楽部』(1920年)の脚本を書き、製作に関わっている。残念なことにフィルムは失われ、幻の一本と化した。
鎌倉・由比ケ浜にロケした際、出演者が水着で勢揃いした記念写真が残されている。主演は谷崎の妻・千代の妹、葉山三千子。『痴人の愛』(1925年)のモデルになったとされる女性だ。
『痴人の愛』ではナオミの水着姿が印象的だ。舞台はやはり由比ケ浜。まだ15歳の少女ながら、ナオミはハリウッドの「ベージング・ガールたち」にも負けない、胴が短く脚が長いスタイルの良さで譲治を夢中にさせる。「ハチ切れそうな海水服」姿を描いた初出時の挿画が中公文庫版に収録されている(田中良・画)。『アマチュア倶楽部』記念写真の葉山三千子を彷彿とさせる。
小説後半、ふてぶてしくもふしだらな女となったナオミは、譲治の目を盗み、またしても由比ケ浜で、若い男たちとの遊びに興じる。探しに出た譲治が見つけたとき、ナオミはマントを羽織っていた。譲治がいるのに気づいて、ナオミは彼の目の前でぱっとマントを開く。「見ると彼女は、マントの下に一絲をも纏っていませんでした」。
ヴィーナス誕生のパロディのような悪女出現の情景だが、当時の映画では到底、このとおり撮るわけにはいかなかっただろう。真夏の鎌倉の海を舞台に、映画から小説へ、谷崎は自らの夢見る魔性の女をより大胆に造り変えたのである。