日本の「常識」は世界の「非常識」――『人質司法』高野隆 書評

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人質司法

『人質司法』

著者
高野 隆 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784040823706
発売日
2021/06/10
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

日本の「常識」は世界の「非常識」――『人質司法』高野隆 書評

[レビュアー] 望月衣塑子(新聞記者)

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■日本の「常識」は世界の「非常識」――『人質司法』高野隆 書評

■評者:望月衣塑子

 日産自動車の再建策「日産リバイバルプラン」を進め、ルノー・日産・三菱アライアンスのCEOを務めたカルロス・ゴーン氏が2018年11月、東京地検特捜部に金融商品取引法違反の容疑で逮捕された。世界各国のメディアは「逮捕劇」とあわせ、長期にわたる取り調べや身柄の拘束についても報道。改めて日本の「人質司法」の問題に注目が集まった。

 本書は、ゴーン氏の弁護人となった高野隆氏が、刑事裁判の経験や海外との比較を通じ、人質司法からの脱却のためにどのような改善が必要なのか検証する内容となっている。
「彼(ゴーン氏)が日本以外のOECD加盟国で逮捕されたのだとしたら間違いなく3日以内に釈放され、検事から連日の尋問を受けることもなく、自宅で生活しながら、弁護人と一緒に公判準備をすることができた」。高野氏がこう指摘するように、日本の刑事手続きは被疑者の防御権が軽視され、被疑者やその家族の生活や人生に大きな負担を強いるものだ。一つの容疑で逮捕から起訴まで20日間以上も身柄を拘束され、起訴後も勾留が続く。弁護士の接見時間は限られ、取り調べに立ち会うこともない。被疑者はやがて心理的に追い込まれ、筋書き通りの「自白」を迫られ、供述調書に署名押印する――。

 高野氏はそんな状況を変えるため、刑事司法の現場で活動してきた。ゴーン氏の事件では、ゴーン氏の自宅前に監視カメラを設置し、映像や通話記録を裁判所に提出する。パソコンは弁護士事務の備え付けのもの以外は認めない。その代わりに、保釈を認めるよう求めた。最終的に認められ、逮捕から108日目に保釈された。

 だが、やはり事件は「水物」だ。保釈後の2019年4月3日、ゴーン氏が「記者会見する」とツイートすると、特捜部は翌4日に4回目の逮捕に踏み切った。これを「検察批判の封じ込め」と受け止める記者は少なくなかった。そして、再保釈後の12月29日。ゴーン氏は楽器箱に身を隠し、X線検査をすり抜けて国外逃亡してしまう。

 逃亡を手助けしたとして犯人隠避の罪に問われた元米陸軍特殊部隊員は、東京地裁での自身の公判で、ゴーン氏の妻キャロル氏から「日本から連れ出して」と依頼を受けたことを明らかにした。結果論でいえば、接見禁止の必要があったといえる。だが、あえて視点を変えて、キャロル氏が「連れ出したい」と思うに至った原因に目を向けるとどうか。延々とずらされる裁判日程、根拠のない取り調べ受忍義務、形骸化する取り調べ拒否権……。こうした現状が「脱出劇」を招いたともいえるのではないか。

高野 隆『人質司法』 定価: 990円(本体900円+税) ※画像タッ...
高野 隆『人質司法』 定価: 990円(本体900円+税) ※画像タッ…

 日本では、検察官と裁判官の結びつきも強すぎる。2019年の勾留請求却下率(検察官が裁判所に勾留請求しても、裁判所が不要と判断して却下した割合)は約5%で、30年前の0.1%からみれば増えているとはいえ、いまも95%は検察側の要求が通る。また、2016年の刑事訴訟法改正で、裁判員が参加する重大事件や特捜部事件では、取り調べの録音録画が義務づけられたが、裁判員対象事件以外の警察署での取り調べではいまも録音録画はなく、透明性に課題も残る。

 私はかつて社会部で東京地検特捜部を担当した。日本歯科医師連盟の裏献金疑惑を記事にした際、名誉毀損(きそん)容疑で告発され、特捜部に2日間、事情聴取された。初日の午前は笑顔だった検事が、午後には表情を一変させ、強い口調で問い詰めてきた。彼らの狙いは、「検察内部の誰が望月にリークしているのか」を突き止めることだったようだ。

 しょせんは任意聴取なので、夜には記者クラブに戻れた。でも、やはり精神的にはきつい。キャップに「ネタ元を言わないまでもヒントくらい言うのはどうか」と弱音を吐いてしまった。むろん、そんなことは報道倫理上、許されることではなく、キャップからきつく叱られて我に返った。身柄拘束される被疑者はもっときつい精神状況に追い込まれるだろうし、「しっかりしろ」と叱ったり励ましたりする知人もいないのだ。

 日本では毎年10万人が逮捕され、多くの場合、勾留される。一方、欧米では、取り調べ受忍義務がなく、ほとんどが1時間以内の取り調べで解放されるという。高野氏は、海外の状況や国際比較のデータとあわせ、接見禁止の廃止ほか、拘留審査を公開の法廷で行うこと、起訴前の保釈も認めるべきなど多岐にわたる改革を訴える。日本の「常識」は、世界での「非常識」であることを強烈に実感させてくれる一冊だ。

【著者プロフィール】
1975年、東京都生まれ。東京・中日新聞社会部記者。慶応義塾大学法学部卒業後、東京新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。2004年、日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の報道をスクープし、自民党と医療業界の利権構造の闇を暴く。経済部記者などを経て、現在は社会部遊軍記者。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』(角川新書)、『安倍政治 100のファクトチェック(共著)』(集英社新書)ほか多数。

KADOKAWA カドブン
2021年07月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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