【聞きたい。】與那覇潤さん 『歴史なき時代に 私たちが失ったもの 取り戻すもの』

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【聞きたい。】與那覇潤さん 『歴史なき時代に 私たちが失ったもの 取り戻すもの』

[文] 磨井慎吾


與那覇潤さん

■空気に流された専門家たち

「大学での歴史学の教育を通じて、一般の学生や聴講者が学べる有益なことは『ない』と考えるのが妥当だろう」

読み始めると、まず強烈なまえがきで先制パンチを浴びせられる。史論『中国化する日本』などの話題作で知られる歴史学者の著者は、怒っている。何に対してか。自らの学問の意味を関心の異なる他者に伝える努力を怠り、ただ狭い専門分野の実証に閉じ籠もっているかのように見えるかつての同業者に、である。

本書は主にこの2年ほどの時評や学問論を集めた論集で、中心となる話題は新型コロナウイルス禍と、それに伴う日本の言論界の「歴史意識」の喪失だ。時間を過去から現在を経て未来に続く線形の軸としてとらえる「歴史」という近代的な意識は、平成期を通じて次第に失われ、単に断片化された「いま」の連続に移り変わっていった。ひたすら眼前の事象を追いかけて称賛したり炎上させたりする社会では、10年前の震災の記憶すらもう怪しい。

「すべてが空気に流される世の中では、歴史はいらなくなる。その時ごとの雰囲気に従い続けるだけなら、過去を克明に記録して後世に振り返る必要自体、なくなるわけです」

たとえば昨年の強い同調圧力を伴う自粛ムードは昭和戦前期を参照して論じられるべき特異な現象だったが、歴史学者の多くはそれを避け、自粛に従順だったと與那覇さんは指摘する。「歴史教科書や公文書管理の問題では口やかましく政府を批判し、歴史は大事だと言ってきた人たちも、実は空気に流されているだけだったと、今回のコロナでみんなに見抜かれました」

歴史学の現状への厳しい批判からは、逆説的に歴史に対する愛着も伝わってくる。「歴史は人間理解の厚みを作ってくれるし、極論に対するワクチンにもなるんですよ」(朝日新書・1210円)

磨井慎吾

   ◇

【プロフィル】與那覇潤

よなは・じゅん 昭和54年、神奈川県生まれ。東京大大学院総合文化研究科博士課程修了。平成19年から地方公立大准教授を務め、病気休職を経て29年離職。令和2年、斎藤環氏との共著『心を病んだらいけないの?』で小林秀雄賞。

産経新聞
2021年7月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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