『祈り 上皇后・美智子さまと歌人・五島美代子』濱田美枝子、岩田真治著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

祈り

『祈り』

著者
濱田 美枝子 [著]/岩田 真治 [著]
出版社
藤原書店
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784865783070
発売日
2021/06/28
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

『祈り 上皇后・美智子さまと歌人・五島美代子』濱田美枝子、岩田真治著

[レビュアー] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)

■交差する物語の深い響き

《み空より今ぞ見給へ欲(ほ)りましし日本列島に桜咲き継ぐ》

桜を愛した歌人、五島美代子の霊前に美智子さまが捧(ささ)げられた御歌(みうた)だ。美代子は昭和34年、ご成婚前の美智子さまのお后(きさき)教育で和歌の指導を担当した。予定されていたのは3カ月で10回の指導。初対面で美智子さまにこう告げる。

「歌をつくるのに虚飾はいらない。はずかしくても苦しくても、ありのままの自分を神の前にさらすような気持ちでお歌いにならなくてはいけない」

美代子は「一日一首百日の行」を美智子さまに課した。のちに美智子さまは美代子にこうおっしゃったという。あの頃は「お互いに殺気だっておりました」。まさに真剣勝負だった。後年、美代子は美智子さまへの思いをこう詠んだ。

《人と人女と女一対一にてなほかぎりなく貴(あて)にいますを》

本書はふたつの物語からなる。ひとつは、美智子さまが折々に詠まれた御歌を核に、記者会見でのご発言、毎年お誕生日に文書で発表されるお言葉、関連する逸話を交え、心のうちに秘められた思いを浮かび上がらせながら、人生の旅路を描いた岩田真治氏の「美智子さま 折々の御歌」。もうひとつは、娘を支配しすぎた結果、自殺に追い込んでしまい、自らの「母の業(ごう)」を直視しながら創作を続けた美代子の壮絶な人生を、美智子さまとの魂の交流を軸に描いた濱田美枝子氏の「かぎりなく貴にいますを」。異なるふたつの物語と、対照的ともいえるふたりの歌が交差して深い響きを醸し出す。

美代子の歌の特長は忖度(そんたく)のない激しさにある。その思いは破調となって現れる。使用される言葉も「花激(たぎ)つ」「残花乱舞(らっぷ)」と個性的だ。こうした師の指導を受けた美智子さまの御歌はやはり破調が多い。ところがそこに現れるのは、苦しみや悲しみを自身の内側で浄化されたと感じさせる清澄さだ。これは天性とご自身の天職をまっとうしようとする強いご意志のたまものだろう。たとえば平成31年の歌会始の御歌。

《今しばし生きなむと思ふ寂光に園の薔薇(さうび)のみな美しく》

こうした上皇后さまを戴(いただ)くわれわれは幸福な国民だと心から思う。(藤原書店・2970円)

評・桑原聡(文化部)

産経新聞
2021年7月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加