棚から牡丹餅の主人公『紅きゆめみし』著者新刊エッセイ 田牧大和

エッセイ

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紅きゆめみし

『紅きゆめみし』

著者
田牧, 大和
出版社
光文社
ISBN
9784334914172
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

棚から牡丹餅の主人公 田牧大和

[レビュアー] 田牧大和(作家)

『紅きゆめみし』の主人公、新九郎(しんくろう)こと荻島清之助(おぎしませいのすけ)は、「棚から牡丹餅」的はずみで生まれた男だ。

 もうひとりの主人公、紅花(べにはな)は、拙作『彩(いろ)は匂へど 其角(きかく)と一蝶(いつちよう)』で、暁雲(ぎよううん)―後の英(はなぶさ)一蝶に想いを寄せる太夫として登場する。その流れもあって、当初、紅花太夫の相棒役は、同作の主人公のひとりである宝井其角(たからいきかく)で進めていた。

 ところが、どうにも収まりが悪く、登場人物も物語も動いてくれない。いっそのこと、主人公を変えてしまえ、と半ばやけになって、考えた訳だ。

 まず、其角の何が、この物語には嵌(はま)らないのか。本作は様々な謎に重きが置かれているから、天才肌で、目端が利き頭の回転が速いのは必須。一方で、其角の「ナイーブで善良」な一面が、どうやら危うい。この物語の鍵を握る面々に、手玉に取られてしまいそうだ。

 向けられる悪意や作為なぞなんのその、な図太さ。

 悪人ではだめだけれど、腹黒いところもなければ。

 どうせ吉原(よしわら)に出入りさせるなら、水も滴(したた)る美形がいい。

 そうして生まれたのが、新九郎だ。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの人気女形で、吉原の遊女達が眼を背けるほどの艶気(いろけ)の持ち主。芝居が何より大事で、常日頃、芝居小屋のどろどろとした人間関係に揉まれているから、ちょっとやそっとの悪意にも、全く動じない。

 気位が高く我儘(わがまま)な癖に、涼やかで優しく、どこか子供のようでもあり、憎めない。私がイメージする、この時代の人気役者そのもののようなキャラクターになった。

「主人公の交代」という、私の物書き人生でもなかなか類を見ない大事件のお蔭で、愛すべき主人公が生まれた。

 本作は散々苦労をしたので、言葉としては正しくないが、私の心情としては、新九郎は思いもよらない流れで天から降ってきた大好物も同じ、つまり「棚から牡丹餅」である。

光文社 小説宝石
2021年8・9月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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