デジタルの時代でも生き延びる「演劇」
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
舞台に立つ俳優でもなく、演劇の熱心な観客でもない。そんな人も一読の価値ありだ。劇作家・鴻上尚史の新著『演劇入門 生きることは演じること』である。
著者は言う。人間は演じる存在であり、誰もが「見る人=観客」を想像して振る舞っていると。役柄は「親」だったり、「上司」だったり、「近所の住民」だったりする。私たちの人生は演劇そのものである。それが、アナログの典型のような演劇がデジタル時代も生き延びている理由だ。
そして演劇の知恵や演劇的手法は、演劇人でなくとも実人生に応用することができる。たとえば俳優が目指している、「予想を裏切り、期待に応える」演技は、私たちが実生活で行うスピーチや表現の基本だ。
また「演劇の創り方」という章では、人の気持ちを動かす秘訣が明かされる。俳優の仕事は傷つくことだ。一番隠したい恥ずかしい部分を見せることで、人の気持ちが動くと言う。さらに演技は「セリフの決まったアドリブ」であり、プレゼンなど人前で話す際も、内容を考えると同時に観客の反応を感じ取れば、彼らの気持ちを揺り動かせる。
スマホやSNSによって希薄になった、生身の人間関係。「つながり孤独」という言葉が象徴するように、私たちには、どこかで生身の人間を感じたいという欲求がある。
たとえ「不要不急」と言われようと、劇場で見る演劇は、今後も身近に現実の人間の存在を感じる、貴重な機会であるはずだ。