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川本三郎「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
村田喜代子の『姉の島』は前作『飛族』に続いてお婆さんが主人公。
長崎県の離島に住む八十五歳になる二人の年寄り海女は年を取っても元気。
村田喜代子はお婆さんを描くのがうまいが、この二人の海女も童女のような可愛さとお地蔵さんのような優しさを持っている。そのために現代の物語なのに民話の懐しさがある。
海のなかには現実社会と違った異界の美しさがある。二人はある時、海の底には戦時中の潜水艦が沈んでいるのを知り、探しに潜る決意をする。死者の霊を慰めんとするかのように。
小池真理子『神よ憐れみたまえ』は殺人事件から始まる。一九六三年、東京の金持の家で「男」によって夫婦が殺される。通いの家政婦が夫婦の無惨な遺体を発見した。
小学校六年生の美しい娘が一人、残される。少女は両親が殺されたという重荷を背負って生きてゆくことになる。ミステリであると同時に不幸な少女の悲しい成長の物語でもある。
少女は美しさによって人の目を惹きつけてしまう。彼女を愛しながら愛し方を知らなかった「男」の目も。美の悲劇が悲しく怖い。
紀蔚然『台北プライベートアイ』は日本に紹介されるはじめての台湾のハードボイルド・ミステリ。著者は一九五四年生まれ。戒厳令が解除され、民主化が進む時代にミステリに目ざめた。
主人公は大学教授を辞め突然、「私立探偵」になった変わり者。妻に去られた一人暮しで、台北の裏町に住む。いかにもハードボイルドの主人公らしい。
連続殺人事件が起る。主人公はなんとその犯人にされてしまう。
台湾はいま町のいたるところに監視カメラが置かれる「電子城壁」なのだという。新しい社会ならではのミステリとして面白い。
岸惠子の『岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』。大女優のタフな行動力に圧倒される。華奢なイメージとは違っていい意味で物言う女。
女優時代には、俳優にも作品を選ぶ権利が欲しいと当時としては珍しい女優だけの製作プロダクション「にんじんくらぶ」を作る。
欧米が遠かった時代、国際結婚をする。子供をもうけながら離婚し、その後、女優としてだけではなくジャーナリストとして、紛争地に命がけで出かけてゆく。あっぱれ。男社会にいつも怒っている鼻柱の強さが素晴しい。
昭和の私小説作家、野口冨士男は私の好きな作家のひとり。
今年生誕百十周年になる。そのためもあって旧著が次々に復刊されている。なかでも貴重なのはそれまで陽の目を見なかった、戦時中に書かれた『巷の空』がはじめて刊行されたこと。
珍しく私小説ではない。明治末から大正の東京を舞台に、靴職人になった男の実直な人生が精緻な文章で描かれ静かな感動を呼ぶ。