山崎正和の遺言 片山修著 東洋経済新報社

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山崎正和の遺言

『山崎正和の遺言』

著者
片山 修 [著]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784492223994
発売日
2021/06/25
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

山崎正和の遺言 片山修著 東洋経済新報社

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)

稀代の演出家、組織人

 日本で真の「碩学(せきがく)」を求めるとすれば、山崎正和はまぎれもなくその一人である。この書は碩学の全体像を余すところなく描いている。山崎の山崎たる所以(ゆえん)の第一は「国家観」にある。

 「私はどの政治学者よりも、無政府状態がいかに怖ろしいかを知っています。そしてどんなに悪い政府でも、無政府状態よりはましだという信念の持ち主です」

 10代初めに旧満州で旧ソ連軍の占領による地獄を経験、敗戦後の占領下で国家喪失を体験するという「二重の国家喪失者」だからこそ抱いた牢固(ろうこ)とした信念だった。山崎が佐藤政権から小泉政権までブレーンとして関与したのもそれゆえである。その一方で政治との距離は巧みに保った。「意見は述べる。しかし通らなくてもともと。何らかの形で、あとで効いてくればいい」。その目はあくまでも醒(さ)めていた。

 山崎の他の追随を許さないのが「稀代(きだい)のプロデューサー」という側面である。その見事な果実がサントリー文化財団の設立だ。「夢は大きく、愛深く、志高く」をモットーにした佐治敬三と化学反応を起こした結果だというが、本書を読めば、成功は必然だったことがわかる。設立にあたって山崎は二つのことを注文した。事務局は少人数で一人の分担を出来るだけ大きくする。そのトップに定年間際の人を据えない。

 加えて若手の人材育成にあたって、「知の循環」ともいうべき精緻(せいち)な仕組みを描いた。優秀な研究者を助成―その優れた成果に賞を授与―共同研究の代表に―そして賞の選考委員にするという「山崎モデル」を考案する。「稀代のプロデューサー」は卓越した組織人でもあった。

 山崎は9歳年下の弟を自身が亡くなる数年前に失う。孤独死だった。9か月前に亡くなった妻苳子(ふきこ)さんの臨終も看取(みと)れなかった。しかし、「孤独死で何がいけないのか」と思う。死は誰にとっても孤独なものだからだ。そこには澄み切った「諦観」さえ感じられるのである。

読売新聞
2021年7月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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