平井呈一 生涯とその作品 荒俣宏編、紀田順一郎監修 松籟社

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平井呈一 生涯とその作品

『平井呈一 生涯とその作品』

著者
荒俣 宏 [編集]/紀田 順一郎 [監修]
出版社
松籟社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784879844071
発売日
2021/05/25
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

平井呈一 生涯とその作品 荒俣宏編、紀田順一郎監修 松籟社

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

怪奇文学翻訳家の軌跡

 荒俣宏は学生時代、平井呈一(1902~76年)にファンレターを出した。平井の翻訳・紹介によって戦後日本に定着した欧米の恐怖小説・幻想文学について学ぼうとしたのだ。荒俣は平井から、若き愛書家にして評論家の紀田順一郎を紹介され、強烈な書物愛に根ざした文学と博物学の探究がはじまった。

 この本は、没後40年以上を経た「平井先生」の生涯と業績をたどる年譜を荒俣が書き、紀田の序文、平井の未発表作品、縁者の回想記などを合わせて編んだ一冊。関係者への聞き書きと長年にわたる資料収集が結実した年譜は驚嘆すべき労作で、レアな新聞雑誌記事、記録文書、書簡、談話などがちりばめられている。

 年譜を追う読者は、幼少時に養祖母に怖い話をせがみ、中一の時には小泉八雲の『怪談』を英語の原書で読み、大学中退後、佐藤春夫の下訳者として吸血鬼小説を翻訳し、門弟時代に永井荷風の自筆原稿や短冊書簡を偽作して売りさばいた「平井先生」の行状を知る。個人的な事柄を語らず、弁明もしなかった「先生」の真実に迫ろうとする年譜作者の粘り強さが胸を打つ。

 平井は『怪談』、ホレス・ウォルポールの『オトラント城綺譚(きたん)』、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』など、英国ゴシック文学の系譜に属する作品を次々に邦訳して日本語文学へと変身させた。「日本の通俗怪談」を英訳することで「格調高い創作」へと引きあげた小泉八雲の先例にならい、平井は「後に自身が手掛ける英米怪奇文学の翻訳にも同様の創作性を目指したといえるかもしれない」、と荒俣は指摘する。なるほど、と思う。

 2020年、荒俣は平井を支えたある女性の経歴を聞き取る機会を得た。年譜はこの年でようやく閉じられる。「先生」の真実を探す長旅の記録を読み終えてふと、この年譜の構成は、日記・電報・新聞記事などをつづり合わせて語り継ぐ、あの本に似ているぞ、と気がついた。平井訳で読まれ続けている『吸血鬼ドラキュラ』のことだ。恩師への敬愛がもたらした奇妙な偶然なのかもしれない。

読売新聞
2021年7月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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