ひきなみ 千早茜著 KADOKAWA
[レビュアー] 長田育恵(劇作家)
呪縛に抗う女の友情
誰もが、自分では選べない呪縛を負って生まれてくる。性別や容姿に依(よ)る偏見は染みのようにまとわりつき、血縁や境遇も、飛翔(ひしょう)を妨げる枷(かせ)ともなる。なぜこう生まれついたのか嘆く時でさえ、自分という存在から逃れられないが、この作品は、ふたりの少女の深い結びつきを通して、そんな孤高の戦いに射(さ)す光と、ささやかでも信じられる確かな希望を描き出す。
第一部は「海」。主人公の葉(よう)は、小学校最後の年、瀬戸内の島に住む祖父母に預けられ、真以という同い年の少女と出会う。真以は、男女区別の因習が根深い島で、ひとりその境界を蹴散らし、鮮やかに葉を守ってくれた。初潮を迎え少女から女へと変わっていく日々、二人は深い友情を育むが、中学一年の夏、真以は島に逃げてきた脱獄犯と共に、突然消えてしまう。
第二部は「陸(おか)」。葉は東京で社会人となっているが、女性という理由で上司から理不尽なハラスメントを受けている。辛(つら)い中、偶然ネットで真以を見つけ、葉は真以に救いを求める。
孤独を抱えた二人は、呼応しあいながらも、自身の人生という戦いにはたった一人で立ち向かわなくてはならないことを知っている。だからこそ手を繋(つな)ぎ、ひとりじゃないと伝え合った少女時代の記憶が、彼女たちの人生を根底で支え続けている。女へなりゆくこと、呪縛や抑圧に抗(あらが)おうとした日々のヒリつく実感、そして他者の悪意のために自身を拒絶することはやめようと思い至る、心の軌跡が胸に迫る。
無力だと思っていた自分の一言が、誰かを救うこともある。葉と真以、互いの存在が心を照らしあう関係性は、人生において無慈悲な痛みを与えてくるのも他者だが、喜びや希望を与えてくれるのもまた他者なのだと教えてくれる。
島への海上を高速船が走れば、白い波の道が出来ていく。通ったところすべてが道になる。その光景に、ありのままの自分で生きる道を視(み)る、彼女たちの横顔が心に焼き付いた。