日本近現代建築の歴史 明治維新から現代まで 日埜直彦著 講談社選書メチエ

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日本近現代建築の歴史 明治維新から現代まで

『日本近現代建築の歴史 明治維新から現代まで』

著者
日埜 直彦 [著]
出版社
講談社
ジャンル
工学工業/建築
ISBN
9784065228678
発売日
2021/03/11
価格
2,475円(税込)

書籍情報:openBD

日本近現代建築の歴史 明治維新から現代まで 日埜直彦著 講談社選書メチエ

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

国から民間 断層見すえ

 日本近代の建築史に関しては、一九七〇年ごろを境として、そのあと現在に至るまでの時代に関する通史が書かれていない。一般に、同時代について全体像を見わたすのは簡単でないが、日埜直彦によれば、近代日本の建築の歴史そのものに由来する困難がある。本書はそこに果敢にとりくんで、明治期に始まる百五十年の流れを見わたし、現在の状況を位置づけている。

 一九七〇年の前後に、建築史の「断層面」があった。それまでは建築の近代化すなわち西洋式建築の導入を、国家が進めるという大きな前提があり、建築家たちは政府が決めた方向に多かれ少なかれ協力する形で、仕事を進めていた。しかし戦後の経済成長の結果、建築を生み出す主力は民間の建設会社に移った。建築史の「ポスト国家的段階」の到来である。

 日埜が問題にするのは、この過程で生じた、思考の大きな空白である。住まう人にとって望ましい建築とはどういうものか。そうした公共の方向づけを国家の政策に事実上預けたまま、二十世紀の建築家たちは、西洋由来のモダニズムの日本への土着化に努めてきた。大きな達成を残した独立自営の建築家も例外ではない。

 だが、国家の威信と結びつきながら戦後の建築界に君臨した丹下健三について、日埜が高く評価するところがおもしろい。丹下は日本の建築がおかれた条件を十分に意識した上で、それまで試みられてきた、伝統と近代の融合の型を打ち破る、ダイナミックな建築を実現した。

 バブル経済崩壊、東日本大震災をへたのちの現在における、建築の新たな動向についても日埜はふれているが、重要なのは、丹下が示すような歴史との間の「緊張」の意識が働いているかどうかなのだろう。それを洞察し、今後の方向を示す建築論とはどういうものか。本書からはそんな問いが浮かびあがってくる。建築家として、また批評家としての観点が生かされた、大胆な通史の試みである。

読売新聞
2021年6月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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