計算する生命 森田真生著 新潮社

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計算する生命

『計算する生命』

著者
森田 真生 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103396529
発売日
2021/04/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

計算する生命 森田真生著 新潮社

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

「機械と人間」気づき提示

 『数学する身体』で数学を通じて人間の「心」に迫った著者は、本書で計算という営みの歴史を開示し、人工知能を前に「機械と人間」の単純な設定をする我々に重要な気づきを提示した。

 私たちは、物事が「わかる」ので「操る」ことができると考えている。だが計算の営みの歴史とは、人間が記号や物を操り規則に身を委ねることで、「わかる」が追いついていく過程でもあった。例えば、2個のリンゴから4個のリンゴを引いたら途中でリンゴがなくなるだけだが、数式では「2-4=-2」と表記される。この「負数(-)」をはじめ、数式や規則に委ねてみることで人間は損益計算など新しい世界の見方を獲得してきた。

 自然科学の基礎である数学は一方で、誰にとっても確実で明晰(めいせき)な認識を導き出すものとされる。他方で現代数学を牽引(けんいん)した者らは、数学を「未知なる概念を生みだす創造的な行為」に変化させた。認識の確実性と認識の拡張の両立をめぐる探究はやがて、「AならばB」という命題を「A→B」と表現しうる「人工言語」の構築へと向かう。こうして「数をめぐる問い」が「言語の次元の問い」に転回したことで「人工知能」への挑戦が切り開かれていく。このような歴史を紐(ひも)解いて、著者は次のように述べる。

 「人はみな、計算の結果を生み出すだけの機械ではない。かといって、与えられた意味に安住するだけの生き物でもない。計算し、計算の帰結に柔軟に応答しながら、現実を新たに編み直し続けてきた計算する生命である」と。

 計算の力を借りて人間に備わった認識を拡張していかない限り、私たちはウイルスや地球温暖化などの課題に立ち向かえない。だが過去に人間が設定した計算の規則を遵守(じゅんしゅ)するだけの機械や人工知能に無自覚に身を委ねていては、人間の未来を過去に食わせてしまう。

 人間らしさの根源が「わかる」と「操る」の緊張関係の中で発展した「計算」という営みのうちにあるという主張に目を開かされた。

読売新聞
2021年6月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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