暁の宇品(うじな) 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ 堀川惠子著
[レビュアー] 平山周吉(雑文家)
◆輸送支えた中将の秘史
『原爆供養塔』『戦禍に生きた演劇人たち』など、広島で生まれ育った著者・堀川惠子のヒロシマ物ノンフィクションはすでに定評があるが、本書はさらにグレードアップされた決定版的著書である。
この本が与えてくれる感動は、けっして「チープ」な感動ではない。丁寧で、奥深い取材の果てに現れてくる無名の個々人の生き方と努力が、いつか報われるかもしれないという、ささやかな希望を与えてくれる。日本人も捨てたもんじゃないのでは、という感想も湧いてくる。
十年以上に及ぶ取材の過程で、著者の「ヒロシマ」は軍都「広島」となる。平和の象徴としてでなく、日米の戦争史の象徴都市として浮かび上がってくる。「ヒロシマ」を含みこんだ「広島」の歴史と悲劇が直視される。
本書の主要な主人公、田尻昌次(しょうじ)と佐伯文郎(ぶんろう)は陸軍中将である。広島の宇品にあった船舶司令部を率いた将軍だが、名前も実績も知られてはいない。帝国陸軍にあっては完全な傍流である運輸畑を歩いたからだ。海外に派遣される兵士たちを船で運ぶ。危険をかえりみない敵前上陸や、戦地に食糧や弾薬を運ぶ任務だ。「補給と兵站(へいたん)」という日本軍がもっとも軽視した裏方仕事もあり、「船員や工員ら軍属をふくめると三十万人を抱える大所帯」だった。
アメリカが原爆投下候補の筆頭に広島を選んだのは、軍港宇品があったゆえだった。しかし、宇品は爆心地から外される。日米開戦直後にルーズベルト大統領が国際法違反の「無制限作戦」(非武装の輸送船を無警告で撃沈する)を発令したのと併せ、船員や市民の運命を変えた相手国の意思決定をも見逃さない。
田尻が行った船舶需要から見た「南進」国策反対の意見具申とその報復としての罷免、佐伯が原爆投下直後、部隊をあえて市内へ向けて前進させ、救護活動を最優先させる決断、それらの重い意味を本書は描き出していく。
著者に三度も絶妙のアドバイスを与える原剛、齋藤達志という防衛省の新旧の戦史研究家の存在もまたシブくて、味わいを深くしてくれる。
(講談社・2090円)
1969年生まれ。ノンフィクション作家。著書『裁かれた命−死刑囚から届いた手紙』など。
◆もう1冊
レスリー・М・М・ブルーム著『ヒロシマを暴いた男−米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦』(集英社)高山祥子訳。