POPEYE特別編集 味な店 完全版 平野紗季子著 マガジンハウス

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

POPEYE特別編集 味な店 完全版

『POPEYE特別編集 味な店 完全版』

著者
平野紗季子 [著]
出版社
マガジンハウス
ジャンル
芸術・生活/諸芸・娯楽
ISBN
9784838754809
発売日
2021/06/21
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

POPEYE特別編集 味な店 完全版 平野紗季子著 マガジンハウス

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

人生の集積 訪ねて記録

 味な店と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろう。本書のもとになった「味な店」は、雑誌「ポパイ」(2018年4月号)の別冊付録として編まれた。その後、著者は「続・味な店」と題した連載を重ね、「完全版」が出版された。

 「実家皿の店。」「ギンガムチェックレストラン。」「ルームサービスファンタジー。」「塩対応ですがなにか?」――食が情報として扱われがちな時代に抗(あらが)うように、著者は様々なテーマを立て、飲食店がまとう「味」を伝える。大衆的な店からとびきり贅沢(ぜいたく)な店まで、ノンジャンルで訪ね歩く著者の探究心に圧倒される。

 印象的なのは、雑誌では2号続けて掲載された、神戸を取材した回だ。「映えない。」と題した回では、昨今のインスタ映えとは対極にある、神戸の店を飲み歩く。この回がやや駆け足なのに対し、「姉妹よ。」と題した回では、神戸で60年以上続く喫茶店「思いつき」に腰を据える。4姉妹の言葉にじっくり耳を傾け、その所作を見つめるうちに、自分が味わっているのは「トーストの姿をした人生だった」と著者は気づく。

 「そのとき、私は外食体験というものに対して、重大な誤解をしてきたのかもしれないと思った」と、著者は振り返る。「店の向こうに広がっているのは、都合よく消費されるための物語なんかではなく、ただひとつきりの、切実な人生」で、「私は、その人生の集積のほんの一瞬に、お邪魔しているに過ぎない」のだと。

 飲食店を取材した記事は、物語仕立てになりがちだ。物語に仕立て上げようとすると、削(そ)ぎ落とされてしまう何かがある。でも、本書の雑誌的なレイアウトや、著者の目と耳は、店に流れる時間を、店主の人柄を、そっくり記録しようとする。撮影中に店主が口にしたのだろう、料理の写真に「だから早く食べなって~!」とキャプションが添えられている。そんなさりげない言葉にも、店主の人柄がにじんでいる。店の味とは、つまるところ人だ。

読売新聞
2021年8月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加