万葉集の歌とことば 姿を知りうる最古の日本語を読む 佐佐木隆著 青土社

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万葉集の歌とことば

『万葉集の歌とことば』

著者
佐佐木隆 [著]
出版社
青土社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/仏教
ISBN
9784791773664
発売日
2021/03/26
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

万葉集の歌とことば 姿を知りうる最古の日本語を読む 佐佐木隆著 青土社

[レビュアー] 飯間浩明(国語辞典編纂者)

上代語を説明 新解釈も

 高校の古典の授業で、「万葉集」の時代のことばは比較的軽く扱われます。古典文法は主に平安時代のことばに基づいており、「万葉集」の書かれた奈良時代のことば(上代語)は、それとは少なからず違っているからです。

 後世ならば「田子(たご)の浦を通って」と表現するところを、奈良時代には「田子の浦ゆ」と言っていたことはよく知られています。上代のことばは、私たちにはずいぶん奇妙に感じられます。その奇妙さは、文献上、現代語から一番遠い時代のことばであることに由来します。

 著者は、一般になじみの薄い上代語を、きわめて平易なことばで説明しつつ、往時の日本語の姿を読者に示してくれます。枕詞(まくらことば)などの修辞の方法に始まって、語彙(ごい)の体系、音韻、さらには構文へと話題が及びます。本書の内容は大学院での授業が元になっていますが、古典好きの高校生でも抵抗なく読めるでしょう。

 著者の筆がとりわけ冴(さ)えわたるのは、構文に関する部分です。たとえば、「万葉集」には「眠(い)を寝(ぬ)」(=眠りを寝る)など、一見くどい表現が多く見られるといいます。すなわち同族目的語構文です。「眠を寝」の場合、横に寝るだけでなく、眠りを伴うことを表します。こうした構文は、動作や状況などの細かい情報をつけ加えるために工夫されたものでした。

 あるいは、「行(ゆ)き来(く)」(=行き来る)という不思議な表現。「(女性の墓を)行き来と見れば」などと使いますが、行くのと来るのと同時にできるわけがない。これは、「行こうとして見、また帰ろうとして見れば」の意味です。奈良時代には「行く」「来」など意味の異なる動詞が、わりあい自由に重ねられたのです。

 これらの上代語に関する知見に基づけば、「万葉集」の歌で解釈に問題のある部分にも、新たな光を当てることができます。従来の説に再検討を迫る終章は必見。まるでミステリーを読むような興奮が味わえます。

読売新聞
2021年8月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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