『戦争の新しい10のルール』
- 著者
- ショーン・マクフェイト [著]/川村 幸城 [訳]
- 出版社
- 中央公論新社
- ジャンル
- 社会科学/政治-含む国防軍事
- ISBN
- 9784120054402
- 発売日
- 2021/06/09
- 価格
- 2,970円(税込)
書籍情報:openBD
21世紀は「慢性的無秩序」の世界 新時代に即した非在来型戦争理論
[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大講師)
どうにもアブない本が出てきた。まず著者のショーン・マクフェイトにしてからかなりアブない。米陸軍を退役後、民間軍事会社(PMC)と契約してアフリカの軍閥との取引に携わり、その間に博士号まで取得して現在は国防大学教授という異色の経歴の持ち主である。
著者によると、21世紀の世界は長期にわたって不安定な情勢が続く「慢性的無秩序」になるという。雑多な非国家主体が、戦争か平和かの明確な区別なしに、強弱の暴力を常に行使し続ける。
こう言われてパッと思い浮かぶのはイスラム過激派組織のテロだが、アメリカではこれに対抗する「草の根十字軍」を設立しようとするキリスト教団体があるという。さらには、麻薬による豊富な資金で軍隊並みに重武装した犯罪組織、人道危機を解決するために自らの資金でPMCを雇おうとするセレブ、レイプを繰り返す軍閥兵士への復讐のために作られた女だけの民兵集団―と、突飛だが実在する新しい形の軍事力をマクフェイトは次々と挙げる。
これら「新しい戦争」を前に、著者が米軍へ向ける処方箋はさらに過激だ。いわく、紛争地域の住民の「心をつかむ」などという甘い考えは捨て、圧倒的な破壊を行って抵抗の意思を砕け。いわく、ステルス戦闘機も原子力空母も「新しい戦争」には役立たずである。いわく、アメリカも外人部隊を創設してテロ組織やロシアの特殊部隊と戦わせよ―。
「世界最強の我々はなぜヴェトナムでもアフガニスタンでもイラクでも勝てなかったのか」とは、米軍が長らく頭を悩ませてきた問題であった。本書は、こうした問題意識に導かれた非在来型戦争理論の一つ、ということになるだろう。欧米の古典的な戦争モデルから脱却しなければ、アメリカはこれからも負け続ける、という強い危機感がマクフェイトの筆には滲んでいる。
だが、本書のもう一つのアブなさがここにある。マクフェイト理論を忠実に実行すると、結局、アメリカは中露やテロ組織と変わらない存在になってしまうのだ。外人部隊による介入も偽情報の流布も、アメリカの巨大な資金力を用いれば中露よりもさらにうまくやれるかもしれない。だが、そうなった場合のアメリカは、もはや世界の警察官どころかお尋ね者になるだろう。
軍事的合理性の中に埋め込まれたこの罠に、マクフェイトは気づいているのかどうか。その罠を回避しながら自由な社会と民主主義を守れるのか。そんな角度から眺めてみるのも、本書の一つの読み方であろう。