多様性社会の今こそ読みたい、男女逆転小説2作品

レビュー

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余命一年、男をかう

『余命一年、男をかう』

著者
吉川, トリコ, 1977-
出版社
講談社
ISBN
9784065238141
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

ミラーワールド = mirror world

『ミラーワールド = mirror world』

著者
椰月, 美智子, 1970-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041109915
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『余命一年、男をかう』吉川トリコ/『ミラーワールド』椰月美智子

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 四十歳、独身、事務職。二十歳でマンションを購入し節約と資産管理に努め、休みの日は家事とキルト作りに勤しむ。吉川トリコ『余命一年、男をかう』(講談社)の主人公・唯は、独身女性のお手本のようにきちんとしている。同じような立場でありながらズボラで無計画人間の私としては、師匠と呼びたいくらいだ。唯はある日ガンの告知を受け、その直後偶然出会ったピンク髪のホスト・瀬名に、「父親の入院費を貸してほしい」と頼まれる。どう考えても無視するべきなのに、唯はクレジットカードを渡してしまう。70万円の返済代わりに、瀬名の時間と体を買うことにするが……。

 映画『プリティ・ウーマン』の男女の立場を逆転したような設定であるが、恋愛という枠には収まらない小説である。幼い頃に母を亡くし、家族の中で疎外感を感じてきた唯は、誰にも頼らず生きたいという気持ちが強い。恋愛も結婚もコスパが悪いという理由で避け、家族とは距離をおき、不倫相手とも同僚とも見事に割り切った関係を続けてきた。女性が一人で生きることの困難に金を貯めることで立ち向かってきたものの、将来への不安は尽きない。病気を家族や友人に打ち明けるつもりも、治療して長く生きたいという願望もない。一方瀬名は、見た目はチャラいが家族思いで、仕事には真摯に取り組んでいる。そんな二人が金で繋がり、人と人としてぶつかり合うことによって、唯の生き方と周囲の人々への視線は変わっていく。一人で生きられる力を身につけることは大切だ。でも、誰とも関わらずに生きることはできない。時々チクッと心が痛む小説だった。

 同じ男女逆転というテーマをユニークな方法で描いているのは、椰月美智子『ミラーワールド』(KADOKAWA)だ。小説の中は徹底した女社会だ。男は家庭で女は仕事が当たり前の世界である。中学生の子を持つ三人の父親が登場する。女性優位社会に疑問を感じている学童指導員の良夫。勤務医の妻と子を支えることに喜びを感じている専業主夫の進。「婿舅問題」に悩む理容師の隆司。妻たちは、家事をせず横暴であったり、女尊男卑の考えが強かったり、家庭の問題から逃げがちだったりである。

 彼女たちの身勝手さや、男性に向けられる性的な視線や偏見には嫌悪感を覚えずにはいられない。できないと決めつけ、勝手に体に触り、性器のサイズを話題にし……。露骨に描きすぎなのではないかと最初は感じたのだが、女と男を置き換えてみれば今現在も実際に起きていることだ。矛盾は感じつつも、世の中そんなものと私自身も受け入れてきたのだと気がつき、愕然とした。

 ある事件をきっかけに、三人は現状から一歩前に踏み出す決意をする。悩みながらも古い価値観に囚われず生きようとする子どもたちと、著者の願いがこめられたエピローグに、希望の光が見えた。

新潮社 小説新潮
2021年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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