緊急事態下で振り返る、2020年の日常と非日常

レビュー

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パンデミック日記

『パンデミック日記』

著者
「新潮」編集部 [編集]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103540519
発売日
2021/06/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『パンデミック日記』の日記

[レビュアー] 山本貴光(文筆家・ゲーム作家)

ワクチン接種が進んでも、まだまだ終わる兆しのないコロナ禍。我々の生活が一変した2020年の出来事を、筒井康隆氏から宇佐見りん氏まで52人の表現者がリレー形式で書き継いだ『パンデミック日記』が発売中です。稀代の読書家・山本貴光氏による、洒落っ気たっぷりのアンサー書評!

 ***

6月19日(土)

 先日、本になった『パンデミック日記』が届いた。その前にゲラ(綴じていない紙束)を送ってもらって眺めていたけれど、やはり本は読みやすい。冊子体を発明した人は本当に偉かった。

 この本のもとになった「新潮」3月号掲載の「創る人52人の「2020コロナ禍」日記リレー」特集は、作家を中心とした創作者たちに1週間ずつ日記を書いてもらって1年分並べたものだ。写真の断片がコラージュされた装幀は、この本の性格をよく表している。

 1年分の日記には、ただでさえ人びとの多種多様な生活の断片が入っている。そうでなくても物覚えの悪い私は、以前読んだ記憶もおぼろげだから、新鮮な気分で楽しめるはず。ただ、目下は締切が迫る大学の成績評価のため、レポートの山に向き合わねばならないし、本格的に読むのは明日からね。と思っていたのだが、夜、お風呂に本を持って入った。元日の筒井康隆から出発。2月末のヤマザキマリまで進んだら風呂をあがろう。と思っていたのだけれど止められず、さらに町田康(3月4日)から植本一子(4月21日)まで読んでしまう。同じ出来事を複数の視点から描くオムニバス映画を観ているような楽しさがある。読みながら、この頃、自分はなにをしていたかなと思うものの、思い出すことは少ない。コロナ禍以降、時間の感覚が変わった気がしている。

 6月20日(日)

 成績評価を終える。今期は、新型コロナウイルス感染症対策のため、Zoomによるオンライン講義だった。本書でも7月以降、Zoom利用の記述が増える(Microsoft Teamsは山城むつみの一例あり)。今回のパンデミックでは、社会や人間の弱点がさまざまにあぶり出されている。他方でヴィデオチャットなどのツールを使う人が増えたのはありがたい余禄である。

 書評をどう書くか考える。『伊藤整日記』(平凡社、刊行中)のような日記とも違うからなあと第四巻を手にとる。巻頭に置かれた伊藤礼の軽妙な解説に引き込まれてしばらく読んでしまう。1959年1月の伊藤整は、妻の貞子とともにヨーロッパをあちこち移動している。書き手は、経験のうち記憶にあることを材料に取捨選択して書く。その際、他人に見せるかどうかで判断が変わることもあるだろう。

 夜、またしてもお風呂で読む。内沼晋太郎(4月22日)から再開して小川洋子(8月4日)まで。ページの上では夏が来る。内沼晋太郎が「Zoomでの予定は忘れがち」と書いていて、オンラインミーティングを何度かすっぽかしたことのある私はなんだかほっとする。「生活の中で労働が二十四時間、霜降り肉状態」という山城むつみの言葉に線を引く。コロナ禍の「リモートワーク」で、どこからどこまでが仕事の時間か分からなくなった人が増えたに違いない。感染第四波を受けて、東京その他を対象に発令された緊急事態宣言の延長期間が今日で終わる(沖縄県は7月11日まで)。

 6月21日(月)

 午前は大学の仕事とメールの返信。昼は鞄に本書を入れてお隣の鎌倉へ。人影がなくなった時期もあったけれど、しばらく前から随分賑わっている。駅前のたらば書房で本を買う。高橋源一郎が4月5日に「いつも、列ができるほど」なのに「客がゼロ」と書き留めているイワタコーヒーに入り、お昼を食べながら本書を読む。坂本慎太郎(8月5日)からいしいしんじ(9月15日)まで。筋のない、漱石の言い方を借りればナマコのような文章が好きなせいか、つい没頭してしまう。「学校前の子どもにとって、目の前にある「いま」以外の時間はすべて「きのう」」(いしいしんじ、9月11日)との言葉に、ほんとそうだよなと思う。過去の記憶がおぼつかない私も同類である。夕方からZoomで大学院のゼミ。

 6月22日(火)

 昼からZoomで大学の会議に参加。『本の雑誌』で連載している「マルジナリアでつかまえて」を書いてメールで送る。Zoomで大学院生の就職活動の相談にのる。合間に気分を変えて『Dead Cells』を少しプレイ。夜、お風呂で本書を読む。金原ひとみ(9月16日)から蓮實重彦(12月31日)まで。名残惜しいがこれでおしまい。ニューヨークで暮らす近藤聡乃が11月3日に「今日は大統領選挙である」と書いているのを見て、まだ一年も経っていなかったのだっけと驚く。自作の訳者から小説について質問されて、「小説内世界のすみずみまで、わたしは全然把握できてないから、自分の小説なのに断定ではなく推測となってしまうのだ」と川上弘美が書いていたのが心に残る。小説はもちろん、この本ぐらいの情報でさえ把握できる気がしないのだから、現実世界についてはなおのこと。

 6月23日(水)

 本書に書き込んだメモをもとに書評を構成する。手元にある類書を並べて眺め直す。『仕事本――わたしたちの緊急事態日記』(左右社、2020年6月)、「非常時の日常――23人の2020年4月―5月」(『文藝』2020年秋季号、河出書房新社、2020年8月)、『コロナ禍日記』(生活考察叢書1、タバブックス、2020年8月)、方方『武漢日記――封鎖下60日の魂の記録』(飯塚容+渡辺新一訳、河出書房新社、2020年9月)。

 なぜ日記かといえば、多くの人が初めて遭遇したパンデミックに際して、各人の経験を共有することに意味が見出されているからだろう。本屋(内沼晋太郎)、演劇(ケラリーノ・サンドロヴィッチ、柳美里)、音楽(坂本慎太郎、池田亮司)のように、大きな影響を被った人はもちろんのこと、外出が減り自炊が増えるといった生活の変化、あるいは住み慣れた土地を離れることになった人(津村記久子)など、境遇は人それぞれ。そんなこともありうるのかと、自分の頭では想像の及ばないことをあれこれ教えられる。

 6月24日(木)

 書評の原稿をプリントアウトして推敲する。町屋良平が推敲について書いていたのが思い出される(1月8日)。書いたものとどう折り合いをつけるか。いま社会に必要なのも推敲だ。これではダメだと気づいた点をごまかすのではなく、どう直せるか。感染の第五波も遠からずやってくると予想される現在、日本政府は専門家によるリスクの指摘を軽視して、なにがなんでもオリンピック開催に邁進したいようだ。「ここは不適切に見えますがこれでよいですか?」という校閲の指摘を無視して出版後に問題になるパターンが思い浮かぶ。朱筆を入れた箇所をWordファイルに反映して、完成したファイルを「新潮」の杉山さんにメールで送った。

新潮社 新潮
2021年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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