ようこそ地獄、奇妙な地獄 星瑞穂著 朝日選書

レビュー

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ようこそ地獄、奇妙な地獄

『ようこそ地獄、奇妙な地獄』

著者
星瑞穂 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/文学総記
ISBN
9784022631091
発売日
2021/06/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

ようこそ地獄、奇妙な地獄 星瑞穂著 朝日選書

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

恐れ笑う「あの世」絵巻

 歌人の斎藤茂吉は故郷山形の寺で見た「地獄極楽図」を〈赤き池にひとりぼつちの真裸(まはだか)のをんな亡者(もうじや)の泣きゐるところ〉と詠んだ。ショッキングな描写と憐(あわ)れを再現しており、教化の役割として絵があったことを伝える。また「生き地獄」「奈落の底」などの比喩として今も用いられている言葉がある。本書は日本人の罪の意識や死生観に深い影響を与えてきた地獄について、古典の説話や絵画の描写を丹念に辿(たど)りその変遷を網羅したもので「地獄の時代絵巻」を見せてくれる。誰も知らない「あの世」はどのようにイメージされてきたのか。

 罪を犯した報いとして死後に地獄に堕(お)ちるという因果応報を説いた源信の『往生要集』。地獄は地下にあり「一千由旬」、一万一二〇〇キロ以上の果てしない深さ、そこで死んでは生まれ変わり無限の責め苦を受けるという。欲や罪の内容によって堕ちる所や責め苦が決まっているマニュアル化された世界で、これでもかというほど多種の刑がある。仏教の世界観はスケールが桁違いだ。それを読んだ平安貴族たちは戦慄(せんりつ)し〈どうしたら地獄へ行かずに済むか〉を考える。説話には獄卒に賄賂を渡したり、地蔵菩薩(ぼさつ)に最高の救済力を見出(みいだ)したり、もがいては知恵を絞っていた姿が描かれる。

 時代が下るとおどろおどろしい世界を笑いに変えてゆく庶民のたくましい批評眼が現れてくる。中世の狂言『朝比奈(あさいな)』では地獄が人不足になり閻魔(えんま)王自身が六道の辻(つじ)に出てくる。江戸時代の川柳では〈閻魔さま 仏師がへたで 笑ひ顔〉と詠まれ、着物の模様に卒塔婆や髑髏(どくろ)を取り入れた過激なファッションが流行した。仏教で戒められた人間の欲は皮肉にも生を貫きたいという願望の表現になったのだ。罪や死の思想から生まれた地獄の文化は実に多彩で厚みがある。そして〈災害や犯罪など「この世」の地獄に関心が向いた〉という著者の考察はそのまま現代の苦界にも通じるものであろう。

読売新聞
2021年8月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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