辻政信の真実 失踪60年―伝説の作戦参謀の謎を追う 前田啓介著 小学館新書

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辻政信の真実

『辻政信の真実』

著者
前田 啓介 [著]
出版社
小学館
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784098254019
発売日
2021/06/03
価格
1,210円(税込)

書籍情報:openBD

辻政信の真実 失踪60年―伝説の作戦参謀の謎を追う 前田啓介著 小学館新書

草の根エリートの限界

 半藤一利が「絶対悪」と指弾した辻政信は、ノモンハン事件で強引な作戦指導によって壊滅的打撃を招き、「作戦の神様」と名を轟(とどろ)かせたシンガポール攻略の裏で華僑虐殺事件を引き起こし、ガダルカナル攻防戦では無謀な逐次投入で日本軍の敗北を決定づけた張本人といえる。

 しかし、辻の人生はこれで終わらなかった。敗戦直後にタイで潜伏してインドシナから中国を経て日本に舞い戻り、戦犯指定が解除されるや『潜行三千里』などベストセラーを続々と生み出し、衆議院議員として政界に進出。しかも、自民党に属しながらも岸信介総裁に楯(たて)突いた末、参議院議員に鞍(くら)替えし全国区第3位の高得票で当選する。だが、在職中に東南アジア視察へ赴き、ラオスで消息を絶った。

 とにかく辻の人生はミステリーじみた最期もあって、陸軍エリート将校のなかでも波瀾万丈(はらんばんじょう)さが際だっているが、日本陸軍の無謀さ、そして無責任さを体現しているような人物だ。半藤に限らず誰もが辻に対する評価が厳しいのも頷(うなず)ける。

 そんな誰からも評価されない辻にあえて向き合ったのが本書だ。新聞記者らしからぬ冷静な分析眼と抑えが利いた筆致から「絶対悪」では計り知れない辻の矛盾に満ちた人間像をあぶり出している。

 北陸の寒村の貧しい炭焼き人の子供として生まれた辻は、己の力だけを頼りに陸軍エリートの道をひたすら突き進んだ。草の根からのたたき上げは昭和の陸軍エリートの典型でもあった。数え切れない犠牲者を生み出した無謀な作戦の責任者でありながら、戦後になって国民の圧倒的支持を受けることができたのは、草の根のエリートだったからである。

 しかし、戦略無き戦術、抽象的な国家観、世界情勢に対する見通しの甘さ、そして謎の失踪となるインドシナ視察の目的など頭脳の緻密(ちみつ)さ、行動の果敢さに比べてなぜこれほどまで国家観・世界観が貧弱なのか。自己の能力への絶対的自信と責任意識の希薄さも含めて、日本における「エリート」が本質的に抱えている限界を辻は体現しているのかもしれない。

読売新聞
2021年8月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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