小島 小山田浩子著 新潮社

レビュー

5
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小島

『小島』

著者
小山田 浩子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103336440
発売日
2021/04/28
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

小島 小山田浩子著 新潮社

[レビュアー] 柴崎友香(作家)

見慣れた日常の異物感

 「見慣れた風景」という言い方があるが、私たちは慣れているだけで見ていなかったのではないか、と思うことがよくある。

 「小島」に収められた短編を読み始めると、周囲をつぶさに凝視して語ることが、足下を揺さぶる恐ろしいほどの効果があると思える。

 東京から転勤してきた人、郊外の住宅地に住み始めた夫婦、夫の親族と交流する若い母親、住宅地に現れる猿、新しい職場や通い始めた保育園など、短編の多くは、新しい環境での戸惑いや別の世界や属性が出会ったことによる齟齬(そご)が基調になっている。なんとも言えない居心地の悪さや、すでにできあがっている関係性との奇妙なバランスがリアルだ。

 小山田浩子のこれまでの作品でも独特の存在感を持って描かれてきた植物や虫やちょっと謎めいた生き物は、この本でも日常を異界にする。といっても、特別不思議な現象が起こるのではなく、生々しく正確に語ることが、見える世界を変える。そして語り手の周囲の人々も、それらの生物たちと等しい「わからなさ」を持って迫ってくる。ページに詰まった文字さえも、初めて見た生き物のように感じられてくる。

 普段は引っかかりはするもののよくあることだからと流してしまう会話も、異物感が際立つ。日常生活では噛(か)み合わなくてもそれなりの解釈をして飲み込んでしまうできごとや言葉が、不気味で不条理な響きで残る。人の存在の強さとあやふやさが、読む人の心をざわつかせる。

 終盤に置かれた、広島カープを応援する一家それぞれの思いの話と、ある青年の名前に関する「山本浩二」の話の二編には、他の短編とは違った祈りや希望みたいな感覚がある。集中豪雨被災地のボランティアの光景を描く表題作「小島」と共に、世代や立場によって絶妙に書き分けられる広島弁の響きとあいまって、地域の文化と社会がある地で生きていく人々を描いた希有(けう)な小説集である。

読売新聞
2021年8月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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