彼岸花が咲く島 李琴峰著 文芸春秋

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彼岸花が咲く島

『彼岸花が咲く島』

著者
李 琴峰 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163913902
発売日
2021/06/25
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

彼岸花が咲く島 李琴峰著 文芸春秋

[レビュアー] 長田育恵(劇作家)

女だけの歴史 迫る少年

 不思議な言語が飛び交う。私たちが使う日本語によく似た言葉に、中国語や八重山諸島の音の響きが混じっているような。溶け合う文化を示す言語に誘われ、物語世界に没入していく。

 西海の孤島。砂浜を彼岸花が覆い尽くしている小さな島で少女が目覚める。少女は遭難し、記憶を喪(うしな)っている。島の娘、游娜(ヨナ)に救われ宇実(ウミ)と名付けられた。この島には通用語である「ニホン語」と女だけが使える「女語」という二つの言語がある。指導者たちはノロと呼ばれる存在で、女語を習得した女だけが就任し、島の歴史が継承される。だが男たちには、女語を使うことも歴史を知ることも許されていない。その中で拓慈(タツ)という少年が、自分たちのルーツを求め歴史を知りたいと望む。よそ者である宇実もまた島の住人となるため、女語を学んでノロとなることを義務づけられる。少女たちと少年は女語を知ることで、秘された歴史に迫りゆく。

 女だけに語り継がれていく歴史。その背景に横たわる過去が明かされる時、これは私たちの世界への異議申し立てだと突きつけられる。

 島の特産、彼岸花から精製される薬は強烈な麻酔効果を持ち、痛みを容易(たやす)く慰撫(いぶ)することができる。だが少女たちはノロへの就任時、入れ墨を彫られる痛みに彼岸花を用いない。痛みと共に記憶を引き受ける覚悟が必要だからだ。

 そして、性別を超えて歴史を語る言葉を学び真実を知りたいと願う少年の存在は、繰り返されてきた排他精神の限界を突きつける。開かれた未来の在り方をしなやかに問いかけている。

 彼岸花が咲き乱れる島は、過去から未来への流れの中、国境と言語のはざまに、まるで小船のように浮いている。だが船の操者と育ちゆく彼女たちは、ありもしない楽園は目指さない。過去を知るものが未来を創る、その言葉を羅針盤に、せめて手が届く範囲に竿(さお)を差し、未来を目指そうとする。寓話(ぐうわ)のような赤い島の潮騒が今この国で生きる私たちに語りかけている。

読売新聞
2021年8月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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