ベストセラーシリーズ第三作はミステリの技巧と冒険活劇の魅力

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ベストセラーシリーズ第三作はミステリの技巧と冒険活劇の魅力

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 出し惜しみなしの技のサーカス。

 今村昌弘『兇人邸の殺人』を喩えるなら、そんな一言がふさわしい。ここにはありとあらゆるミステリの技巧が詰め込まれている。謎解きの関心で惹きつけるための仮説検証の繰り返しと、読者を飽きさせない冒険活劇の魅力にそれは大別される。数学の証明問題に挑みながらアクションゲームをやったら間違いなく体力をすべて持っていかれる。読後に押し寄せる心地よい疲労感たるや。

 本書の舞台となるのはテーマパークの中に建てられた邸である。そこに隠されたものを奪い取るべく武装部隊が突入する。だが、待ち構えていたのは予想もしない危機であった。多数の犠牲者を出した侵入者たちは、ある事情により邸から出ることができなくなる。しかも、殺人事件まで発生してしまうのだ。夜になると恐怖の主が活動を始める邸の中で、殺人事件の捜査も進んでいく。

 デビュー作としては異例のベストセラーとなった『屍人荘の殺人』は、閉鎖空間の中で犯人捜しが行われるクローズドサークルものと呼ばれるジャンルに、あるSF的な要素を採り入れたことで話題になった。続篇の『魔眼の匣の殺人』で今村は、設定の奇抜さにこだわることなく、論理展開のおもしろさを磨くことで読者の期待に応えようとした。手持ちの武器が一つではないと証明してみせたのだ。その意気やよし。

 天才的な推理能力を持つ剣崎比留子と相棒の大学生・葉村譲が班目機関の行った奇怪な研究の遺物と対決する、というのがシリーズを貫く設定で、今回は二人が連携できなくなる危機的状況が到来する。その関心に加えて、ミステリー定番のギミックが独自解釈で使用されることによって驚きが生まれるという楽しみもある。特に首切り死体トリックと、困難の分割という概念の用い方が冴え渡っている。アリバイ崩しが要になった推理の堅固さもいい。謎が解かれるたびに快感が脳に走った。

新潮社 週刊新潮
2021年9月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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