自殺する可能性も考えたヨーロッパ放浪の静かな描写

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人生ミスっても自殺しないで、旅

『人生ミスっても自殺しないで、旅』

著者
諸隈元 [著]
出版社
晶文社
ISBN
9784794972453
発売日
2021/07/13
価格
2,530円(税込)

自殺する可能性も考えたヨーロッパ放浪の静かな描写

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 最近よく聞く「人生詰んだ」という言い方に違和感がある。人生は将棋みたいにきっちりしたルールがあるわけじゃなし、逃げ道も時間稼ぎの方法もあるから「詰み」はないだろう。まあそうは言っても、詰んだと思った本人が何らかの転進ルートを発見できなければどうしようもないことではある。

 もともと対人関係が不得手な人が、就職氷河期に仕事を見つけそこなった。信奉するヴィトゲンシュタインが代表作『論理哲学論考』を執筆した歳月をなぞるように、大学卒業から30歳までの7年間を、ただ一作の小説を完成させるためだけに自宅にひきこもった。でも、応募した新人賞は二次選考通過どまり。友人も恋人もなく、仕事もなく、何も残されていない。著者は、どこかで自殺する可能性を考えながらヨーロッパ放浪の旅に出た。

 有り金を握りしめて、という格好だが、じつは父親のクレジットカードの家族会員としてのカードを持っている。だから最悪でも勘当され、最々悪の場合父親が自己破産するぐらいで、死ぬほどのことはないと考え始める(だが無職のまま家を追い出されたら自分は死ぬだろうとも考える)。一般に、自殺する人はまっしぐらに死ぬのではなく、生きる道と死ぬ道を交互に歩きながら「ここではないどこか」へ行こうとするだけだと思う。著者もまた、どこかでふいに死んでもおかしくなかった。でも死ななかったし、死なないでよかったと思っている。これはそんな放浪記だ。著者は、自殺する気の人に「死なないで旅をしろ」とは言っていない。あくまで「自分の場合は旅がよかった」ことを静かに描写していくだけだ。

 自分自身についてずいぶん見下したような、茶化した書き方もする。それが鼻につかずに読めるのは、著者が「なんの飾りもつけない自分」を認めた勇気がまぶしく見えてくるからだと思う。

新潮社 週刊新潮
2021年9月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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