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リスナーの心を掴んだある深夜番組とパーソナリティのその後
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
1960年代後半、ラジオ各局は深夜のプログラム編成を若者向けに切り替え、伝説の番組がいくつも誕生した。そのひとつがTBSラジオの「パックインミュージック」。多数のユニークな歴代パーソナリティの中に忘れがたい人物がいる。故・林美雄。柳澤健『1974年のサマークリスマス』は、地味な局アナと見られていた彼がなぜ多くのリスナーの心を掴んだのかを検証した評伝だ。
同期である久米宏の病気理由の降板によって、1970年、入社4年目の林は「パック」の金曜第2部、午前3時から5時までの時間帯を急遽担当することになる。しかし林には抜きん出たものがなかった。アナウンサーらしい端正な話し方も、深夜放送と相性がいいとは言えなかった。
ブレイクのきっかけはある映画だった。数か月間、その一本の魅力を語り続けた林の熱量に、リスナー達は反応する。「林パック」を聴いた若者で上映館がいっぱいになるという現象が起きる。主題歌を歌った石川セリ、デビュー間もない荒井由実、無様な青春を生々しく描いた数々の邦画……番組で紹介される「未発掘のカルチャー」は聴き手に強烈な印象を与え、リスナー同士の連帯を生む。そこに林も加わり、親密な空気感が育まれていたが、この第2部は4年で打ち切りになってしまう。
本書のメインはむしろ「その後」にある。林が実現に全精力を傾けたあるイベントの顛末、復活した「林パック」、社員アナウンサーであるが故の葛藤。〈林さんには自分の中に厳然としたルールがあって、そのために仕事をどんどん失っていった〉という後輩の言葉がせつない。世代の違う読者の気持ちをも攫っていくノンフィクションだ。
ポール・オースターが編纂した『ナショナル・ストーリー・プロジェクトI・II』(柴田元幸他訳、新潮文庫)は、NPR(全米公共ラジオ)に寄せられたリスナーの体験談集。差し出されるのを待っていたかのような一人ひとりの唯一無二のエピソードは、誰しも語るべきことを持っていると教えてくれる。