『キッドナップ・ツアー』
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“三つの叢書”がルーツ 90年代に花開いたヤングアダルト文学
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「水着」です
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角田光代『キッドナップ・ツアー』の刊行が1998年であることに留意したい。日本のヤングアダルト文学を考えるとき、1970年代初頭に刊行された三つの叢書は無視できない。晶文社の「文学のおくりもの」、筑摩書房の「ちくま少年文学館」、大和書房の「夢の王国」。
このうち、「文学のおくりもの」は翻訳小説に限定されていたこと、さらにこの三つの叢書ともに、ヤングアダルトという名称はまだ使われていなかったこと、などの事情はあるが、このジャンルの潜在的な読者層を掴む叢書であったことは間違いない。これらの叢書があったからこそ、わが国のヤングアダルトが90年代に花開いた、と私は考えている。
森絵都『カラフル』1998年、笹生陽子『ぼくらのサイテーの夏』1996年、魚住直子『非・バランス』同、あさのあつこ『バッテリー』同と、いっせいに傑作が上梓されたのはけっして偶然ではない。角田光代『キッドナップ・ツアー』もそういう流れの中で読みたい。
小学五年生の夏休みに、お父さんにユウカイされたハルの数日間を描くこの長編で、海へ行く途中でフリルのついた水着をわざと買うシーンがある。いつもだったら絶対に買わないのに、と思いながら。
20年以上前に理論社から出たこの小説は、いま新潮文庫で読むことが出来るが、唐仁原教久の装画が初刊時の雰囲気を鮮やかに伝えている。